第12話 生還~あるいは当然ながら原作でモブだったキャラクターにはこちらの攻略情報が一切通用しない~

 突然光の中から現れて街と病院を守り、そしてスターブレイバーと共に怪獣と戦ってくれた巨人は、戦いが終わるとほぼ同時に何かの警告のように点滅し音を鳴らし始めた右手の宝石を合図にして、両手を上に伸ばし、そして飛び上がって空に消えて行った。


  しばらく機体の中で放心していた勇は、それでもスターブレイバーを神社の敷地内に戻し、雪奈に手を貸すと彼女と共にスターブレイバーから降りた。


  涙を拭った痕が顔に残る亜美が出迎えてくれる。


  住宅街に入る事は防げたが、それでも二匹の怪獣が周囲にもたらした被害は決して小さな物ではなかった。


 特に二匹目の怪獣があちこちにばらまいた火球は郊外で大きな火事を起こしていて、消防車のサイレンが激しく鳴っている。


 神社の周りには、何事か、とスターブレイバーを見に来た人間が集まり始めている。


「お疲れ様、勇君、雪奈ちゃん」


 亜美は柔らかい笑顔を作る努力をすると声を励まし二人を労った。ただ、その唇は小さく震えている。


「ごめんなさいね。訳も分からないままあんな怪獣と戦わせる事になって。でも、二人のおかげで街は守れたみたい」


 勇は咄嗟にどう答えればいいか分からず、ただ小さく頷いた。


「いえ……私は、何も出来なかったです……ただ泣いて我儘を言っただけで……そのせいで翔さんが……」


「それは違うよ、雪奈さん」


 また泣き出し掛けた雪奈に勇は咄嗟にそう言った。しかしどう違うのか、その先の言葉が出て来ない。


 迷わず目の前の人間を守ろうと考えた雪奈は間違っていない。自分がもっと上手くスターブレイバーを操って怪獣と戦えていれば兄を死なさずに済んだ。


 そうはっきり口に出して認めるのは、さすがのこの少年に取っても無意識の内の抵抗があった。


 勇が言葉に詰まり、途方に暮れかけ、亜美もまた子ども二人を慰める言葉を出す事が出来ず、雪奈の涙腺が崩壊しかけた時、その男はひょっこり群衆をかき分け顔を出した。


「おい勇、女の子が泣いてるんだったらちゃんとフォローして上げないとダメだろ?」


「兄さん……!」


 ミニパトごと爆炎に包まれたはずの天藤翔がそこにいた。怪我どころか、着ている制服にも焼けこげ一つ付けず、いつも通りの穏やかな笑みをこちらに向けている。


「無事だったんですね!」


「ああ。彼が、助けてくれたよ」


「彼?」


「コスモマン。あの光の巨人さ。そう名乗っていたよ」


「そうか……兄さんのミニパトの辺りから現れたように見えましたけど、あの時に兄さんを助けていてくれたんですね……良かった……」


 勇が思わず脱力して膝を突いてしまいそうになった時、先に横で雪奈が膝を突いた。


「翔さん……ごめんなさい、ごめんなさい……あんな我儘を言って……危ない目にあわせてごめんなさい……」


 雪奈が口を抑えて、ぼろぼろと大粒の涙をこぼす。


「いや、君が謝る事じゃない、雪奈さん。むしろ君と勇に謝らなきゃいけないのは僕の方だ」


 兄は穏やかな笑みを真剣な表情に替えて首を横に振った。


「あの時、僕はあの怪獣達を倒すための最善の方法を考えるばかり、人としてしてはいけない選択を君達にさせる所だった。それを引き留め、あの怪獣に立ち向かう勇気を僕に与えてくれたのは君と勇だよ」


「そんな事」


 真摯な色の瞳を向けて謝罪の言葉を放つ兄に、勇はそれを否定しようとした。


 咄嗟のあの状況では兄の判断も間違いとは言えなかった。子どもらしく感情に従って決めた勇と雪奈の選択がたまたま、あの完全にイレギュラーだった光の巨人の存在に助けられ、最善の結果を呼び込んだだけだ。


 そもそもやはり自分がもっと上手く怪獣と戦えていれば、それで済んだ話ではないか。


 そう反論しようとした勇を手で制すると、翔はもう一度首を横に振る。


「勇、お前も、自分がもっと上手くやれていればあんな事にはならなかった、って思ってるのかも知れないけど、それも違うよ。あの二匹の怪獣は、どう考えても今のお前とこのロボットだけでは対処できる限界を越えていた。それでも諦める事無く戦おうとしたお前の姿が僕にも勇気を与え、そしてそれを見たコスモマンが僕達に力を貸してくれたんだと思う。街と皆を守ったのは、お前と雪奈ちゃんの意思の力だよ」


 ただの精神論ではない、何か確信の込められた響きのある言葉に力を感じ、勇は戸惑った。何だかこの短い間に兄が遠い所に行ってしまったかのような気がする。


 それでも、翔が自分と雪奈のために誠実な言葉を投げかけてくれるのは、はっきり分かった。


(こんなものかな)


 勇と雪奈の反応を見ながら和樹は内心で一息付く気分だった。


 天藤翔が生存していると言う事も含めて何かもう第一章の時点で色々元シナリオの原型を留めていないが、それでも上手くまとまった方だろう。


 和樹の知るゲームの流れではこの先も勇と雪奈の二人の選択と決断はあちこちで重要な意味を持って来る。


 コスモマンと言う完全に想定外の存在の介入はあったが、それでも引き続きこの二人は物語の中心で、世界の命運を決する主人公とメインヒロインでなくてはならない。


 今和樹のポケットの中にはあのコスモマンが右手に付けていた物と同じ作りで、それをずっと小さくしたようなブレスレットが入っている。


 コスモフラッシャー……と言うらしく、これを使う事で自分はまたあのコスモマンに変身できるらしいのだが、あのどこか胡散臭い宇宙人がいったいいつまで自分達に力を貸してくれるのかは分からない。


 コスモマンの力はあくまで不測の事態が起こった場合の最後の切り札であり、基本はゲーム原作通りスターブレイバーに前面に出て戦ってもらうようにした方がいいだろう。


 その意味も込めて二人に投げかけた激励の言葉だった。


(それに多分)


 本物の天藤翔でも、今の自分と同じ状況に置かれれば多分同じような事を言うだろう、と言う確信じみた予感が和樹にはあった。


 自分より若い人間の勇気を否定するような事は決してあの男なら言わないはずだ。


(しばらくは、天藤翔としての役割を果たしながら、いざとなったらまた変身するか……)


 本物の天藤翔なら、もし仮に突然自分の意識が元の世界に戻ったとしても、そのまま兄としてもコスモマンとしてもつつがなく役割を果たすだろう。いや、和樹以上に上手くやるかもしれない。


 そんな風に和樹が自分の中で納得しようとした時、後ろから急にグイ、と肩を掴まれた。


「それで」


 そちらに顔を向けると満面の笑みの亜美がそこにいた。


 満面の笑みなのだが……何だかとても怖い。


 ゲーム的表現なら笑顔なのに目の下あたりまで影が掛かっていて額に怒りの四つ角が付いている表情である。


「あ、あの、亜美さん?」


「勇君と雪奈ちゃんに謝って、次は私に何か言う事は無いのかしら翔君」


「何か言う事って……」


 しもた。


 ストーリーに関わるメインキャラの事ばかり気にしていて元がモブキャラである彼女への対応を完全に忘れていた。


 内心忘れていたのがその反応でばれたのか、亜美は顔を真っ赤にすると、それからそのまま表情を殺し―――


 和樹の首を絞めて来た。


「私が……私がどれだけ心配したと……!一人であんな無茶な事して……本当に死んじゃったかと……!」


「ぐ、ぐえ。ちょ、ちょっと亜美さん……落ち着いて、僕が悪かった、悪かったから……」


(だって立派な大人だし同じ警察官だし、失念してても仕方ないだろ!)


 亜美の両手を握り引きはがそうとする。意外なほどあっさりそれは出来た。


「……」


 亜美は引きはがされると一瞬俯き、それから顔を上げて号泣し始めた。


 普段は真面目であまり隙を見せる事も少ない優秀な警察官である彼女が、人前で恥も外聞もなく泣きじゃくっている。


(いや、ちょっと待ってくれ。この子メインヒロインじゃないから対処法とか知らんのだけど)


 メインヒロイン達はその性格も攻略法も十二分に把握しているが、亜美に関しては天藤翔の記憶が把握している以上の性格は和樹も一切知らない。


 そして亜美が翔の前でこんな様子を見せるのはこれが初めてだった。


 結局子どものように泣きながらしがみ付いてくる亜美に謝り続けてなだめる事しか和樹には出来なかった。


「……翔さんと亜美さんって、やっぱりそう言う関係だったんですか?」


 さっきまでのしおらしさはどこに行ったのやら、何だか雪奈が目を輝かせて嬉しそうに勇にそう訊ねている。


「いや、僕も全然知らなかったけど……」


「そうじゃない、そう言う訳じゃないから!」


 無理に引きはがす事も出来ず、結局しばらくの間しがみ付かれるままにするしか和樹には出来なかった。


 恐らく本物の天藤翔であっても、同じ行動しか出来なかっただろう。


 そして―――


 本来は存在すらしていなかった謎のヒーローコスモマンの力を借り、どうにかこうにか死の運命を乗り越えた天藤翔=西尾和樹の「護星装甲スターブレイバー」第一章はこうして終わった。

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護星装甲スターブレイバーVS銀河超人コスモマン~もしくは俺が巨大ロボット&恋愛シミュレーションゲームの第一章で死ぬ兄貴キャラに転生してしまった理由(わけ) マット岸田 @mat-kishida

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