閑話 知らぬは公爵

「まったく……馬鹿馬鹿しい」


面白くなさそうにそう呟く男は貴族――シルベスター王国エルシア公爵家当主のレクタ・エルシア公爵。


今年で45歳になった彼は届いた書類の中身を確認して心底下らなそうにそう呟いた。


手元の書類にはこないだ新しく国王になった第二王子からの国税の引き上げに関するもので、内容は国防のために王国騎士団の装備を新調するというものと、その維持のためだと書いてあるがそれが嘘なことくらい長いことこの世界で生きてきた彼にはわかっていた。


「おそらく、出来損ないの娘の変わりに王妃になった忌々しい愚物のためだろう」


彼の娘……いや、すでに公爵家から勘当されているので元娘だったルナの変わりに、彼女を引きずり下ろして王妃になった平民の娘のためにこんな馬鹿げた内容の書類が来たのは言うまでもないだろ。


噂では第二王子……現国王がその平民だった娘にかなりいれこんでおり、かなり高価なものを貢いでいるというのを知ってるのですぐにその発想には行き着いた。


「小癪な真似を」


とはいえ、これは国からの命令。


断れば今のこの国に居場所がなくなることは必須なのでどうにか資金を集めるしかないが、出来るのは騒ぎがおこらないギリギリまで領民から税を巻き上げて、あとは非合法な手段でお金を稼ぐことくらいだと、ため息をつく。


あまり税をあげては後々、領民から不満が出てそれが崩壊に繋がりかねないし、彼の私財であれば確かに払える額だが、しかしそんな真似をするほど素直な人間ではない。


彼が出来るのは非合法な方法だけだろう。それも人身売買や薬などの極めて悪辣なものばかり。


「本当に……あの間抜けな娘がしくじったせいだ」


彼の怒りの矛先は追放された元娘のルナに向かった。


王子が寵愛していた平民の娘をいじめた上に殺人未遂までしたというルナ。


それが本当だろうと嘘だろうと彼にとってはどうでも良かった。


問題はせっかく商品として王子の婚約者として作った娘がそんな悪評をたててしまったということであり、それが冤罪だということを証明するものが何もないからだ。


冤罪なら悲劇のヒロインごっこをさせてからルナを別の王子の婚約者にしようと考えていた彼だったが、かなり具体的な証拠が偽物だろうと用意されていたことでそれをすることは困難になった。


要するに、彼にとって、娘だったルナは王妃になるための道具・・であり、手段・・であったということ。その役目がないなら価値はないというのが彼の意見だ。


つまり彼は娘を娘として最初から見ていなかったのだ。


当然のように愛着もなければそこに家族愛などもなく……ようするに彼にとって王妃になれない娘にはなんの価値もなかったのだ。


妻にしても愛人との会瀬を自分と同じようにしているので当然のようにそんな情があるわけもないので、本当に彼にとって、エルシア公爵家というのは表向きの役職でしかなかったのだ。


そこに家族としての情も愛もない。


ただの仕事のための道具。


だからこそ、彼はいくら気に入らなくても、新しい国王に尻尾をふって忠誠を見せかけだけでもたてないといけない。


例えそれが、自分の商品をダメにした女だろうと、新しい国王のご機嫌とりのためなら仕方ないという気持ち。


「ああ、本当に忌々しいことだ」

「失礼します旦那様」


そんなことを考えていると馴染みの執事が書類を持って入ってきていた。


いつもならその後はただ書類を置いていくだけの執事なのだが、しばらく躊躇ったように口をつぐんでから言った。


「旦那様……実は、先日我がエルシア公爵家の使用人が二人辞めまして……」

「そうか。それで?」

「辞めたのはお嬢様の侍女と乳母をしていた者なのですが……」


そんな躊躇いがちな報告にレクタはイラついたように言った。


「使用人がいくら止めようが知ったことじゃない。あと、我が家に娘などいない。いいか」

「は、はい……!失礼しました」


ペコリと謝ってから執事が部屋を早々に出ていくと、レクタは舌打ちをした。


彼にとって使用人がいくら辞めようと知ったことではないが……元娘の名前が出ると無性に頭にきてしまうのだ。


「あの出来損ないめが。まあ、もう死んだだろうから関係ないが」


魔の森に追放されたという報告を受けているので生きてることはないだろうと思った。


王妃としての教育しか受けていない出来損ないでは魔物を相手に生き残れるわけがないからだ。


そう考えてから彼は思考を戻してため息をついてから呟いた。


「やはり次はもっと優秀な商品を作らないとな。まずは今の国王に取り入ってから、その子供の婚約者用に新しい商品を作って……」


彼にとって、家族とはどこまでも商品という考えしかないのでそんな思考になるのだが……後に、先程の報告を聞き逃したことに関して悔いる日が来る事になり得るとは――今の彼には知る由もないなかった。


崩壊の音色は音を変えて迫る――


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