第22話 別邸

「これは……なかなか豪華な家だな……」


思わず呆気にとられてしまう遥が見上げるのは貴族の屋敷のような大きさの新居。


別邸のはずのそれはまさに本邸と言われそうな外見をしており思わず隣の友人に半眼をむけてしまう。


「もう少し小さくてよかったんだけど?」

「これでもかなり頑張ったさ」


そう隣でため息をつくのはこの家を用意した張本人のロバートだ。


「父上や兄上は最初はもっと大きなところを進めていたんだが……僕がなんとか交渉してここで譲歩してもらったんだよ」

「そこはもう少し頑張れよ」

「無茶なこと言うねー……兄上や父上にとってもお前はかなり恩人と言えるからそれは無茶だよ」

「恩を売るようなことはしてないと思うけど」


まったく記憶にないことにそう言うとロバートはやれやれと頭をふって言った。


「三年前までの悲惨な魔物の被害がほとんどなくなった上に、何度かお前がこの国を助けてるんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど……というか、本当なら父上と兄上もお前の結婚式に行きたいと言っていたのをなんとか抑えただけ感謝して欲しいんだが」


思い起こされるのはロバートが兄や父相手に大立回りしてなんとか抑えた苦労の数々。


かなり面倒な仕事だったので、流石のロバートもため息をついてしまう。


「お前はもう少し自分の重要性に気づいた方がいいよ。本当なら貴族の令嬢やら各国の姫様方がお前とお近づきになりたかったはずなのにいきなりの結婚宣言とか……お前の奥さんこれから大変だぞ?」


遥自身はあまり自分の重要性に気付いていないが、単独で魔物を狩れる上に様々な異界の知識を持つ時雨遥という人間は、どの国からしても無視できる存在ではない。本当ならどの国もこぞって自分の国の姫や貴族令嬢と婚姻させて自分の国に引き込みたいほどの大きな存在。


遥を敵に回すというのは文字通り国が滅ぶことを意味するくらいの力が遥にはあるとロバートや各国の国王は思っているほどだ。


「このまま誰とも結婚しないようなら僕らの子供か父上と母上が新しくお前のために娘を作ると言ってたからな。本当に結婚してくれたのはよかったけど……それでもお前と奥さんの結婚を良く思わない人間というのはどの国にもいるからな」


幸いなことにアーカシア王国には、遥を敵に回してまで害をなそうとするような頭のネジがとんだ人間はいないが、それでも、自分の娘と結婚させようと画策していた貴族からすれば今回の遥の結婚というのはあまり面白くない話だろうとロバートは言った。


それを聞いても遥が出す答えは一つだけだ。


「ルナにちょっかいをかけるようなら誰であろうと容赦なく潰す。例えこの世界を敵に回してもね」


凄くシンプルなことだ。何があろうがルナに害をなす存在やルナを傷つける存在は消す――それだけだと遥が言うと、呆れたようにロバートは言った。


「……ま、そう言うと思ってたけどね。ホントに変わったよな」

「そうか?まあ、好きな人が出来れば誰でもこうなるんじゃないか?」

「お前ほどの変化はないと思うけど」


時雨遥という人間の変化はロバートからすればかなり驚くべきレベルの変化なのだが……遥自身としては、今まで他人への興味が薄かっただけで、ルナを好きになってから今のようにそれが表に出てくるようになっただけだったりする。


とはいえ、本人がどう思っていようと、回りからすれば別人と疑われるような変化が遥に起こっているのは確実だった。


「まあ、ルナは可愛いからな」

「……それは本人に言ったらどうだ?」

「毎日言ってるのさ。スキンシップ付きでね」


軽く言われたが、表でこれだけのことを言ってるなら裏ではどのくらい凄いイチャイチャが繰り広げられているのか……想像するとゾッとしたロバートに構わずに遥は冗談混じりに言った。


「お前ももう少しマイヤとイチャイチャすればいいんじゃないか?」

「さすがにそこまでストレートに愛情表現はできないよ」


まさに溺愛極まれり。


下手をすると依存のレベルに見える愛情にロバートは心底ルナに対して同情を抱くが、そんなロバートを見て不思議そうに遥は首を傾げた。


「そんなにおかしいか?」

「おかしいというか……なんというか、お前のそれは完全に奥さんに依存してるように見えて少し心配にはなるよ」

「依存か……まあ、否定はしないよ。でも別にいけないことではないだろ?」


遥からすれば今まで空っぽだった心に大切なものがようやく出来たのだ。


他人からどう思われようと、ルナ本人が拒否をしない限り無限に愛情を注ぐつもりだ。


依存の関係に否定的な人間が多いのは事実として、それだけで生きていくのが人間としては間違ってる――というか、それだけでは何かあってその大切な存在が消えたら自分も死にかねないから危険ということを指しているのだろうが――ルナを絶対に守ると誓った遥からすればそれはたいした問題ではない。


遥にとって一番怖いのはルナの心が離れていくことだけ。


考えるだけでゾッとするが、そんなことは万に一つもないだろうが、それでも遥にとっての一番はルナなのだ。


他人になんと言われようが関係ない。


遥はただ、愛しい人に愛を捧げるのみだ。


そんな遥の内心をなんとなく察したのかロバートは首をすくめて言った。


「まあ、お前に大切なものが出来たことには友人としてはよかったと思ってるよ。出来ればお前とは敵対したくないしな」


その友人の言葉に遥は苦笑しながら言った。


「ああ。俺もルナのためとはいえ友人の国を滅ぼすのは気分が悪いからな」

「肝に命じておくさ」


心の底から遥を敵に回さないようにしようと誓うロバートはかなりの常識人と言えるのだろう。







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