第21話 お約束

「ど、どうかな……?」


不安そうにそう聞いてくるルナ。


そんなルナに遥は笑顔を浮かべて言った。


「凄く美味しいよ」


本日の夕食はルナお手製のビーフシチューとパンなのだが、ビーフシチューは全てルナが一人で一から作ったものだ。


当然不味いわけがなく、仮に不味くても笑顔でそれを平らげられるくらいの心構えの遥であったが、そんな心構えはそこまで必要もなかったらしい。


元々要領のいいルナは、遥の教えたことをあっという間にマスターして、さらに教えてないことまで自力でたどり着くくらいの優秀さを見せており、夫として、旦那としても鼻が高い遥だった。


そんな遥のストレートな感想にルナはホッとしたように胸を撫で下ろした。


「よかった。その……遥と比べればまだ全然下手だと思うけど、遥にそう言ってもらえてうれしいというか……あの……」


だんだんとしどろもどろになっていくルナ。


すぐにフォローしたいところだが、遥も内心でかなりの葛藤が起こっていてとっさには何も言えなかった。


うん、だって、照れ照れでそんな台詞を言われて何も思わない男は男じゃないですよ、ええ。


そんなことは顔には出さずに遥は少しチャレンジしてみることにした。


「ルナ。ちょっとこっち向いて」

「な、何?」


照れて顔を背けていたルナが恥ずかしそうにこちらを向いてくれたので遥は自分のスプーンで一口ビーフシチューを掬うとそれをルナの方に向ける。


まあ、ようするに伝統的ラブコメシチュエーションの『あーん』を実行したのだ。


今までも何度か試そうとはしたのだが、考えてみればルナは元貴族の令嬢。


食事の時のマナーなどでそういうラブコメ伝統のシチュエーションの存在など知らないであろうことと、タイミング的にそんな流れに持っていくことが出来なかったのだが、幸いなことに今日はルナが全部を一人で作った記念の日……口実としては十分だろう。


「はい、あーん」

「そ、それって、遥のスプーンよね?」

「うん、そうだね」

「その……それってあんまりお行儀よくないような……」


そう言いつつもチラチラと視線をスプーンに向けているルナ。


おそらくお行儀どうこうよりも遥と間接キス状態になるのが少し恥ずかしいのだろう。


しかし、そんなルナに構わずにニコニコしながら遥は言った。


「ルナが作った美味しいビーフシチューをさらに美味しく食べる方法だよ。だから、はい、あーん」

「そんなことで美味しくなるの?」

「もちろん。だってルナが作った最高の料理に俺の愛情がプラスされるんだよ。この世でもっとも美味しくなるのは絶対のことだよね」


恥ずかしげもなくそんな台詞を言う遥。


もちろん、若干キザったらしい台詞には恥ずかしさがあることにはあるが、そんなことよりも遥はルナとのスキンシップが大切なのでどこまでも大胆になれる。


流石に本気で嫌がることはしない遥だが、これまでの貴族の生活と違う環境になったからなのか、それとも元々の性格なのかルナは少し強く遥が押せばわりとなんでもやってくれることをこれまでの生活で学んだ遥はそれをフルに活用していくことにした。


しばらくそのスプーンをじっと見つめていたルナだったが……遥の無言のニコニコ笑顔に押されたように徐々に顔を近づけていくと、そのまま一口小さい口でスプーンに乗ったビーフシチューを食べた。


「美味しいでしょ?」

「……うん」


恥ずかしそうに頷くルナ。


内心では遥と間接キスになったことにかなり恥ずかしいルナだったが、そんなルナの内心を知っていながらも遥は次の要求をすることにした。


「じゃあ、ルナも俺に食べさせてくれるかな?」

「な、なんで……」

「うん?だって俺もルナからの愛情が籠った食事が欲しいからだけど……ダメ?」


そう言われてルナはぐっと押し黙ってからポツリと言った。


「その……私の口をつけたスプーンだと汚いし……」

「何言ってるの。ルナの口をつかたスプーンだからこそいいんだよ。それにルナは綺麗だよ。でもどうしてもダメなら……変わりに今日のお風呂をまた一緒に入ってもらうことになるかもしれないけど」

「うぅ……遥のイジワル……」


前回一緒に入浴したことを思い出しているのか顔を赤くしているルナ。


ここでは言えないようなイチャイチャを経験しているからこそ、この選択肢はルナにとってはかなりハードな展開だろうが……ぶっちゃけルナからの『あーん』をかなり楽しみにしている遥はそれを綺麗にスルーしてニコニコと聞いた。


「どうする?俺にあーんするか、それともまたお風呂で――」

「い、言わなくて大丈夫だから!」


遥の台詞を遮ってからルナはしばらく唸るような声を上げてから……恥ずかしそうに震える手でスプーンを持ってビーフシチューを一口掬うとそれをゆっくりと遥に近づけて言った。


「あ……あーん」


この可愛い光景を脳内の新種フォルダーに永久保存してから遥はそれをあーんと一口食べると、笑顔で言った。


「うん。ルナの愛情がプラスされてますます美味しいよ」

「あ、あんまり言わないで……」


結局、この後も何度か互いにあーんをして食べさせあったのだが、ルナがそれに慣れることはなく、食事中顔が赤くなっていてかなり控えめに言って可愛いすぎるそれを、遥がさらに愛でたのは言うまでもないだろう。




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