5章

5-1

 地下道の最奥で二人を待ち受けていたのは重々しい鉄の扉だった。

「これ、ホントに通って良いのか。」

「大丈夫ですよ。まだ使えます。」

「そういう問題じゃないんだけど。」

 前近代的な鉄製のドアは端々が錆び付いて、動かすたびにザリザリと嫌な感触が皮膚を伝う。おっかなびっくりで扉を開くと、倉庫のようなコンクリート詰めのエレベーターホールが広がっていた。部屋は全体的に埃っぽく、誘導灯も今にも消えそうな程弱々しく点滅するばかりだ。

 保科はエレベーターの呼び出しボタンを押そうとしたが、電源が繋がっていないようで動いてくれない。「さっきの通路みたいに電気通してくれないのか。」と訊くと、「何時最後にメンテナンスされたか分からない鉄の棺桶を信用なさるならどうぞ。」という答えが帰ってきて一気に使う気が失せた。

 よって二人は横についていた階段を使って地下からの脱出を始める。

 しかし、この階段というのもおよそ人間用に造られたとは思えない急勾配で、なかなか運動不足の身体には応える。手摺も無いので壁に手を突きながらのそのそと上っていると「博士、足が止まっています。時間も無いので急いでください。」とシリカが数段上から煽り文句を落としてくる。

 ――先程心配してくれていた人格は何処へ行ってしまったのだろう。

 明日は間違いなく筋肉痛だ。仕事もあるのにどうしてくれよう。

 そもそも全身義体で疲労という概念の無い彼女には絶対に言われたくないセリフだが、皮肉を言うための息も惜しいので無心で上り続けた。正確に数えていた訳ではないがおよそ五十近くの段差を越えたころ、やっとのことで階段の終わりが見えてくる。

「到着しました。」

「ぜぇ……、ぜぇ……、やっと着いた……」

 棒になった脚で最後の一段を上りきると、また細い通路が伸びている。しかし、出口の部分には警戒色のロープが腰位の高さに掛けられて、更に進むとようやく開けた空間が広がっているのが見えた。

 一旦息を整えてから、保科はゆっくりと辺りを見回す。

「――で、ここはどこなんだ。」

「もう少し行けば分かりますよ。」

 通路を抜けると、これまでの狭い路程とは打って変わって広大な空間が出迎えた。

 形は巨大な円筒形で、中央に吹き抜けがある縦長のドーナツのような構造をしている。外周部には仕切りがされた空間が等間隔に並んでいて、ちらほら棚やマネキンなどが埃をかぶって放置されているのが見えた。その内装は記憶にあるものに比べて随分がらんとしていたが、明らかに見覚えがあった。

「もしかして閉店したデパートの中か。」

「ご名答です。」

 昼に真空列車の中から見て感傷を覚えたところだったが、まさか中に入ることになるとは思わなかった。

 というか――

「……不法侵入だな。」

「そうとも言います。」

「法律って知ってるか?」

「この街の法律ルールは私です。私が許可します。」

 遂に開き直りやがったこのアンドロイド。

 仮にも人の規律に縛られている身ならばは許されざる詭弁なのだろうが、もはや隠そうとすらしていないのは指摘するだけ野暮ということか。

「――というか、屋上に昇る気なんだな。」

「はい。」

「また階段とか言われたら、流石にキレるぞ。」

「大丈夫です。こちらはつい最近までお店の退去のために使用されてたみたいですから。」

 ――最早観念するしかないのか。

 保科は重々しく息を吐き出して、エレベーターへの道を歩み出した。

 上向きの三角がついたボタンを押すと、すぐに扉は開いた。

 約一畳の密室に二人で乗り込み、続いて屋上のボタンを押そうとする指が、一瞬止まる。

 きっとこれが引き返せる最後の機会だ。

 これ以上進めば、きっと今までの生活に戻ることはできないだろう。

 そんな予感がした。

 それでも指を動かす。ボタンを押す。エレベーターは動き始める。

 恐らくこの物語の終点。

 そして同時にすべての始まりでもある空中庭園へと。

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