第22話 家族買収

そこは静かだった。


田舎より静かな田舎。


前より小さな家。アパートのひと部屋。


近くの公園からは子供の声が聞こえる。


車の音も聞こえる。


それでも静かだった、家の中は。


この時の状況をあとから知ったことを含めて記すとこうだ。


私たちは父に1000万の借金を残されて逃げられた。父は母には言わず闇金から金を借りていた。毎日ガラの悪い男がアパートの扉を蹴った。

その音が今でも耳の奥で鳴る。


もちろん、普通に仕事で成功した人間に金を貸すのだったら、闇金なんかじゃなく銀行が貸してくれただろう。

でも父は仕事で成功なんてしていなかった。


西畑花江という女に見栄を張って付き合うために金を借りていたのだ。

不倫のために大金を借り、嘘の雑誌を見せてまで妻子を欺いた。しかし私の怒りはここにはあまりない。それは後で記そう。

繰り返すようだが、父が金を借りたのは「見栄を張って」だ。


父は小さなアプリ開発の会社を経営していた。

そんなある日、東京の大企業の西畑電気という会社に買収の話を持ち込まれた。西畑電気は当時、従来の電化製品の開発からITに手を出そうとしていた。そこで目をつけたのが父の会計アプリだった。今までの会計アプリとは全てが違う、革新的なアプリだと見抜いた西畑太輔CEOはすぐに高額買収を持ちかけた。

ここまでの話だったら、私たちがお金持ちになってもおかしくない。

東京に呼ばれた父は社長と、その秘書である娘の花江と話し合いをした。


あろうことか、あろうことか父は大事な話し合いの時に娘の花江に一目惚れをしたという。

それで父は社長にこう提案した。

「社長に直接熱弁していただけるなんて思ってもいなかったのでとても驚きました。ぜひ、前向きに検討したいと思います。しかしながら私の面倒臭いモットーがございまして、1人の人間からの話だけでは物事を決めたくないんです。だから、良ければそこにいる娘さん、秘書さんともお話をさせていただきたい。そうすればさらに私は前向きにこの買収を考えるでしょう。」

この提案に太輔は顔をしかめたが、喉から手が出るほど欲しい、金になるコトは手放せない性格ゆえ、提案を承諾した。


私に驚き呆れさせたことはさらにある。

父は2回目の話し合いを料亭で2人きりで開かせた。社長も下心に気づいていただろう。それでも娘を売った。金になるから。

ここで父も私も驚きのことが起こる。

なんと花江から「私、実はあなたに一目惚れしたんです。」と言われたのだ。

自分が下心で誘ったのに、相手に先に言われて父はたいそう驚いただろう。

父と花江は交渉そっちのけで食事を楽しみ、その勢いでワンナイトまでしたという。


ここまでの不倫も最低だったが、ここからが私の許せない話。許せない?いや、そんなレベルではないが、言い尽くせないのでここでは省略する。

二人は愛の山を登った。

山の天気も見ずに。

言葉通りの五里霧中、妻子顧みずの危険な登山。


花江との食事の後、父は太輔から買収の話の結論を聞かれた。

あろうことか、あろうことか父は買収の話を断った。自分の技術が金になることに気づいたからだ。

太輔はいかった。だが、どうすることも出来ない。そのまま交渉は決裂した。

しかし、父の会計アプリは父の力ではあまり売れなかった。業績はギリギリ。

父はこの一連の出来事を機に「見栄を張る」ようになる。


父は花江には業績が良いと言い見栄を張った。毎回デートでは高いレストランに行き、高い服を着て、高いホテルの高い部屋に泊まった。花江から金銭的心配をされるといつも、「会計アプリが儲かっているから。」と言った。

全部家計からの金や、闇金からの金だった。


私はたった1度だけ母に「父の不倫や嘘に気づかなかったのか」と聞いたことがある。

返ってきた「信じていたからね。」という言葉は短くも、母の苦悩を十分に表していた。


花江は父のことを本当は分かっていたのかもしれない。なにせ自分の会社が買収しようとしていた相手だ。下調べをしないわけもない。儲からない仕事の仕方をしていることは知っていたはずだ。


父は愚かだ。

見栄を張る必要なんてなかった。

大金持ちに金を持っていることをアピールしたところでなんのアピールにもなっていない。


ライオンの目の前で獲物の狩り方を見せつけるウサギがそこにはいた。

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