第23話 傀儡の再来
母は闇金からの脅しから私たちを守るために知り合いや家族に頭を下げて金を借り、そのお金で闇金からの借金を返していった。
それでも私が小学校に入ったとき、借金はまだ250万しか返せていなかった。
小学校に入ってすぐ私はマナエという友達ができた。2つ結びの丸っこい子で、マナエといるときは笑うことを許された。
暑くなってきたね!そうやってマナエと話しながら帰った日だった。
勢いよく家の扉を開け、大きな声で「今日ね、マナエちゃんとね、遊んでね....」と言おうとした。
健気な幼女の口を抑えたのは目の前の光景だった。
狭い部屋をより狭く見せる大きな背中がそこにあった。
父だった。
「おお!恭子か。大きくなったなぁ。お父さん今だけ用事があって帰ってきてるんだよ。」
最後の方はほとんど想像。
父が言い終わったか、終わってないかくらいに母は父のことを無感情なのかのように見つめ、ハッキリとこう言った。
「離婚の話でしたよね?分かりました。私はあなたと離婚させて頂きます。お金の件、ありがとうございます。」
吸い込んだだけで喉が焼けそうな空気がその場にビチビチと流れた。
幼い私は泣き出してしまった。
そこにいるのは両親じゃなかったから。
母はすぐに私の元に来て、
「ごめんね。怖かったよね。ちょっとお母さん怒っちゃってて。ごめんね。ごめんね。」
また声色が変わった。
「敏三さん、早く出ていってください。夕飯。作んなきゃいけないんで。」
「あ、あぁ。わかったよ。紙、出す時言ってくれよ。」
母は無言だった。
父が何しに来たのか。
離婚しにきた。条件付きで。
父は借金の金を差し出すという条件を示した。
母には裏切った男のことなんてどうでもよかった。だから早く離婚して、金を貰って、私たちを助けたい一心で離婚を承諾した。
離婚届を出した後に父から手紙が届いた。
長ったらしい気持ちの悪い文章だったので私は金のことが書いてあるところしか覚えていない。というかそこが印象的すぎてそのほかの偽善は忘れてしまった。
「君はまだ250万しか返せていないと言ったね。今回は残りの750万と生活費100万を送ります。」
控えめに言って最悪だった。
850万。
その数字は高すぎる利息で2倍にまで膨れ上がった借金の半分にも満たない。
母はその紙を見つめて10分くらい動かなかった。
それから紙を丸め、奇声をあげて玄関に投げつけた。私はそれを拾い、ガスコンロで焼いた。母の目からは冷たくて熱いものが流れた。
姉妹で母を慰めた。その日、母が泣き止むことはなかった。2人で母の髪を撫でた。私の手はさっきヤケドをしていたようで、母の髪に触れる度にヒリヒリ痛かった。それでもその手を止めることはなかった 。
その後父、敏三は花江と結婚しようとした。
どうでもいいが、敏三はこの結婚に苦労したらしい。説明も面倒臭いので四字にまとめておく。
太輔激昂
結局以下のことと納まった。
・水森敏三は西畑家に婿入りすること。
・敏三は西畑電気に会社を譲渡すること。
・敏三には海運の会社を開いてもらうこと。
・その経営は西畑グループが全面サポートすること。
つまり、敏三は結婚を許される代わりに、西畑電気が海外展開しやすくなるように海運の会社を別会社として開かせ、敏三はほぼ操り人形として経営するということ。敏三は西畑家にふさわしいほどの資本を築くことができ、西畑グループはさらに事業展開できる。
私たちはそんなことは最近まで知らなかった。
父が誰とあの後結ばれたかなんて調べているほど暇な家族じゃなかった。
母は毎日夜遅くまで働き、朝早くに出かけていく。私はいつも料理を作った。もやし料理はバリエーションが増えていった。
何度か母は熱に倒れた。
過労だったが、それでも母は次の日には仕事に行った。消えたえくぼの代わりに現れたのは大きなクマだった。
母を思いっきり休ませてあげることが姉妹の目標となっていた。
そして私は静岡の小さな会社で働きだした。
大人になって気づいたことがある。
母はあまり借金を返せていなかったということだ。二人の子供を支える負担と、多額の借金から生み出される利息は数字の減少をことごとく食い止めた。
だからすぐに家を出て働き出した。
3人フル稼働で働けば借金もちゃんと減っていった。
29の冬。外ではカップルが手を繋ぐ。街でイルミネーションが眩しい夜だった。
仕事中に電話がバイブした。
私は最初電話にでなかった。しばらくしてまた電話が震えた。私は部長にアイコンタクトをして電話にでた。
「もしもし」
「心の準備をしてください。」
「は、.......はい。」
「お母さんが、亡くなりました。」
「えっ?どなたですか?」
「東京中央第一病院のものです。お母様の家に回覧板を回しに来た近所の方から通報をいただきまして、到着したころには亡くなっていました。」
「いや、そんな、」
「とにかく今すぐ病院に来てあげてください。」
「はい、、、、、、、」
この時の私の顔は凄かったようだ。
部長は会話と顔色から「すぐに行ってあげなさい」と言い、私を行かせてくれた。
病室に入ると同じ目をした人が二人。
1人は今にも落ちそうな涙をこらえる目。
もう1人は目は閉じていたけど、何故か安心した目に見えた。
母の首には一筋の跡があった。
母はもう随分も前から体を壊していたらしい。だから働けなかった。「みんなの目標」を手助け出来なくなった。
母はみんなの借金を返すために闇金から借金をしていた。
毎日の扉を蹴りあげる音が母の命を削った。
母は数年前から大量の生命保険を自分にかけていた。
受取人は私たち二人。
母が亡くなり、知り合いに借りた分以外の借金はほとんど返すことができてしまった。
そして「みんなの目標」は消えた。
母がいなくなってすぐ、私は仕事を辞めた。
そして父、西畑敏三のことを洗いざらい調べ始めた。
事実が明らかになるほど、怒り、悲しみに襲われた。でも、調べる宿命にあると思った。
30の11月13日。
私は母のために1つの遺体を埋めた。
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