◆これからの提案

「…… 」

 ジト目で見つめられている。

 おとこの娘モードの練習かな?

「今日はこのあたりでお開きでいいよね。質問もないことだし」

 これ以上話はないと言わんばかりに早々に席を立ちあがろうとする。

「ちょっと待ったぁー」

 ドアノブに手を掛けたところで李奈りなの右手をつかんで強引に引き留める。

「えっ!なに?」

 驚いたのかオレの手を振りほどこうとして勢いあまってドアに背中を預けてしまう。

 さらに、李奈の手を握ったままのオレの右手は李奈の右手をドアで押さえつけるような体制になってしまった。

 これが俗にいう壁ドンなのか⁉

「まだ、大事な話が終わっていない」

「いや、離してよ。君はそんなことをするキャラじゃないでしょ。そして、話してよ」

 突然のことに慌てたのが嘘のように李奈は急激に冷静になっていく。

 落ち着きすぎて言葉遊びまで混ぜてくる。

 相手に冷静になられるとなんだが気恥しくなってしまうな。

 もしかして壁ドンはスベるの?

 とりあえず李奈に言われたとおりに壁ドンをやめよう。

 早くしないと彼女のジト目に耐えられなくなってしまう。

 李奈から一定の距離を開けると襟を正して本題に切り込んでいく。

 この本題を訊かずしてオレ達の今後はないと思っている。


「それでいつまでみんなに黙っておくつもりだ」

 李奈の表情はこの質問は訊かれると思っていたと感じさせる冷静さだ。

「話す必要はないと思うよ」

「いずれはバレることだ。バレるとしたらダメージが少ない方がいいはずだ」

 いつかはバレる日が必ず来る。これは必然だ。

 ならば早いうちに打ち明けてしまってダメージを軽減しておくのが得策だろう。

「早く打ち明けたとしてもダメージを軽減できるとは限らないよ。ダメージを受けるのは確実だけど」

 確かに李奈の言うことはもっともだ。

 だが、バレるバレるとおびえながら過ごすのは負担が大きすぎる。

 神経がすり減りストレスが溜まるだろう。ホルモンバランスが崩れる可能性もある。

 おとこの娘の場合ホルモンバランスが崩れるとどうなるかわからない。もしかしたら身体に悪影響が出るかもしれない。

「このままおびえながら毎日を過ごすのか」

「君が協力してくれるんだ。おびえることはないよ」

 それにと李奈は言葉を続ける。

「打ち明ける時期は決まってる」

 決まってるのか?

「だったらなんでさっき答えてくれなかったんだよ」

「言及されなければ答えなかったつもりだった」

 言及するに決まってるだろ。大事なことなんだから。

「まあ、いい。それでいつ打ち明けるんだよ」

「卒業式の日」

「高校の卒業式⁉それはちょっと長すぎるな」

「…… ハァ…… バカ。そんなわけないじゃない」

 あきれ顔でため息をつかれてしまった。

「中学の卒業式だよ」

「それじゃああと一年足らずでみんなに言うのか」

「みんなには言わないよ。別々の高校に行く人にわざわざ教えてもしょうがないでしょ」

 それもそうだな。

 クラスメイト全員が一生の友達になるわけではない。教える人数を厳選することもダメ ージを軽減することにつながるはずだ。

「だとしたら。何人に打ち明けるんだ」

「ふたり!」

 顔の横でピースをして微笑む。

 めっ可愛じゃん。

「ヌエと美波みなみ?」

「そ!」

「それ以外には話さないのかよ」

 話さないとしたらいささか少ないと思う。

「その二人だけだよ。それ以外には絶対に打ち明けない」

「絶対に?」

「絶対に!ヌエ君と美波は私の一生の友達になると思うから」

 一生の友達は二人か。だとしたら、

「オレは?」

「彼氏だけど?」

「一生の?」

「最初で最後の彼氏なのは間違いないかな」

 最初で最後の彼氏。悪くはないかな?

「…… わかった。それじゃあ打ち明けるのは卒業式の日でヌエと美波のふたり。それまでは誰にもバレないようにするってことだな」

「ふたりならきっと私をいや、ボクを受け入れてくれる」

「そこらへんはよくわからないが、やることだけはよくわかった」

 とりあえずオレの訊きたいことは訊けたかな。

「それじゃあ今日はお開きにしよっか」

「夜も遅いからな」

 そう言ってオレと李奈は部屋を後にして玄関に向かっていく。


「そういえばいつもはブーツなのになんで今日に限ってスニーカーなんだ?」

「おとこの娘になったから趣味を多少変えてみたの」

「それじゃああの趣味も!?」

「あれは男の子でも女の子でも趣味にしていいんだよ。悠聖ゆうせいも趣味にしてみれば?」

「……考えておくよ」

 あの趣味は中学生男子には理解しがたいものがあるからな。

 以前、李奈の部屋を訪れたときはかなり驚いた。

 なんせ部屋中が「あれ」で覆いつくされていたからな。その日の夜は夢に見たほどだ。

 まあ、それはともかくとして。

「家まで送っていくよ」

「送らなくていいよ」

 李奈は笑顔で断って玄関のドアを開ける。

「だって、ボクはおとこの娘だから。女の子扱いしないの。それじゃあまた明日!」

 バイバイと手を振りながら李奈は颯爽と帰っていく。

 その笑顔に手を振りながらオレは一つの間違いを正しておく。

「女の子扱いじゃなくて彼女扱いのつもりだったんだけどな」

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