第29話

「ねえなんでどこまでも追ってくるの!?」


――姉さんをなだめる方法がわからない。


「なんでわたしたちをふたりにさせてくれないの!?」


姉さんの視線はたしかにこちらを向いている。

でも僕に向かって言っているんじゃない。


「わたしもう耐えられないよ! いい加減にしてよ!」


叫ぶ姉さん。

うつろな視線の先に映っているのは、たぶん僕ではない。みやま姉さんの幻覚だ。


「……丹波、ごめんね?」


姉さんが我に返ったみたいだ。

ようやく落ち着きを取りもどした。


「ね、姉さん……」


ふたたび冷えこんだ風が姉さんの髪をなびかせる。

ボブが唇に絡まっているのがみえた。


「じゃあ丹波、いっしょにスマホ……捨てよっか?」


湖に視線を向ける姉さん。

ポケットからスマホを取りだしていた。


僕も恐るおそる取りだす。


「ねえ丹波、手……つなご?」


「——うん」


姉さんの手はひんやりとしていた。

風邪をひいたりはしないだろうか。


僕は右手に、姉さんは左手にそれぞれスマホをもつ。


「丹波、せーので投げるよ?」


僕は重たい頭をズッシリとうなずかせた。

首の関節がギーギーと鳴る。


「それじゃ……せーのっ」


2台のスマホは、約10メートル先にボトンと音を立てて着水した。


「みやま姉さんが溺れていくねっ」


姉さんがこちらをみながら、僕の腕を抱きよせる。

屈託のない笑顔だった。




数分の間、ただただ黒くて冷たそうな水面をふたりで眺めていた。


「——スッキリしたね、丹波」


「そう、だね……」


僕は少し悩んだ。


スマホがなければ、地図が使えない。

紙の地図なんて、難しくて読めやしないのだ。


でもまあ。

いまどこにいるのか分からない旅も、悪くはないのかもしれない。


そう思ってしまうあたり、僕はひうち姉さんの世界に取りこまれていっているんだろうなと感じた。


一瞬、強い波がコンクリートにぶつかった。

僕は少しピクリと硬直する。


すると姉さんが僕の腕に顔をうずめた。


「ここに来るまえ、わたしが言ったこと……覚えてくれてるかな」


ボソッとそうつぶやいた。


「寝袋のなかで、したいこと……」


「もしかして、キス?」


「うんっ、それ!」


「……わかったよ」


「お互いに満足いくまでずっとキス、してようね?」


横からこちらを見あげる姉さんは、ニコッと眼を細めた。




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ヤンデレ姉に旅先で刺される @tomodachiinai

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