第28話

「ふたりでいるとあったかいね、丹波?」


姉さんと寝袋で密着。

さっきまでの寒さが嘘みたいだ。


公園のトイレで歯みがきを済ませた姉さんの息は爽やかで、とても色っぽい。

鼻の奥にまで透明な吐息が染みこんでくる。 


「ねえ丹波?」


「どうしたの、姉さん」


「……もぐろ?」


「——うん」


僕はうなずき、一呼吸おいてからズルズルと肩をくねらせた。


ひざが姉さんの太ももにささる。

フワフワとした感触に、少し心臓がざわつく。


姉さんも寝袋に顔を入れてきた。


「真っ暗だね、丹波」


「スマホで明るくするよ」


僕はズボンのポケットからスマホを取りだそうとする。


「ごっ、ごめん姉さん……」


姉さんの太ももに手が触れてしまった。

柔らかい。そしてズボン越しに太ももの熱さが伝わってくる。


「ん? なんで謝るの? わたしは嬉しいよ?」


「そう、なんだ……」


姉さんの息が少し荒くなる。

嬉しくてテンションがあがっているのだろうか。


上手く腕がうごかせない。

かろうじて電源ボタンを入れて、パスコードを解いた。


よく考えてみたら、僕のスマホはホーム画面をダーク系の色にしている。

とりあえず検索フォームを開いた。


「ねえ丹波……」


突然声のトーンが落ちた姉さん。

姉さんの顔がスマホに照らされ、青白く浮かぶ。


「いま……検索履歴、みえちゃった……」


検索履歴。

怒ってるようにみえる姉さん。


「あっ――ごめん、なさい……」


合点がいった。


狭い空間だからスマホの操作がうまくいかなかったのだ。

間違えて検索履歴を開いてしまったらしい。


「なんであんな女のこと検索してるの?」


ついにみやま姉さんが”あんな女”呼ばわりされた瞬間だった。


寝袋のなかに、湖の冷たい風が吹きこんでくる。

いままで温かかっただけに、僕は心臓が凍りつくかのように感じた。


「ねえ丹波、いっかい外に出よ?」


寝袋の入り口を持ち上げ、僕が外にでるよう姉さんは告げた。


「はやくしてね?」


外から漏れこんでくるかすかな街灯の光。

とても青白く、姉さんの顔をギラリと映しだしていた。


僕は猫背のまま、ズルズルと寝袋から這いあがる。

姉さんも続いて寝袋から出てきた。


スマホをそっとポケットにしまう。


「そのスマホ、捨てるために寝袋から出てもらったんだよ?」


「そ、そこまでしなくても……」


「……なん、で?」


僕はつぎの言葉がでなかった。

姉さんの呼吸が一瞬、とまったように見えたからだ。


――ヤバい。


「ねえ丹波さ……」


姉さんのボブが冷えきった風になびく。


「あの女が……丹波のスマホのなかにいるって――気持ちわるいじゃないっ!」


姉さんの表情が崩れた。

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