side story 禅の恋
「ねぇ、禅くん。私、思うんだけど」
夏休みが終わりに近づいたある日、僕はバンド仲間の美歌と並んで歩いている。いつもは響と音羽さんを含めた4人でいるのだが、今日は美歌と二人きりだ。
「なに? 急にどうしたの?」
「響くんと奏ちゃんって絶対に両想いだと思うの。でもさ、二人とも気持ちを伝えないんだよね〜」
「あぁ、二人はどこか似てるからね」
「なんで早く告白しないんだろ〜。好きな人と一緒にいられるって幸せなことなのにね」
「じゃあ美歌は今幸せなんだ?」
僕がイタズラっぽくそう尋ねると、美歌は満面の笑みで僕の手を握った。
「フフフ、幸せだよ~」
その可愛らしい笑顔につられて僕も微笑み返す。
そう、実は僕たち二人はみんなに内緒で付き合っている。なぜ内緒にしているかというと、バンドのことを考え、文化祭が終わるまでは隠しておこうと二人で決めたからだ。
無謀だと思えた僕の恋が実った経緯は夏休みのはじめまで遡る――
◇ ◇ ◇
「禅く~ん! 宿題分かんないとこあるから教えて~!」
「もう始めてるんだ! 偉いなぁ~!」
「ハハハ……、イメージと違うでしょ?」
「どういうこと?」
「う~ん、私こんな感じだからさ、軽い人間に見られやすいんだよね~」
「そうなの? 僕にはそんな風には見えないけど」
「……えっ? ……あ、ありがとう」
こうして僕と美歌は、夏休みの宿題をきっかけによく二人で勉強するようになった。
最初のうち、美歌は僕のことなんて空気としか思ってなかったし、僕は僕で美歌は別世界の人と思って特段意識していなかった。それに、1学期末に響と噂になった時の美歌の様子から、美歌は響のことが好きなんだと思っていた。
しかし、バンド練習を一緒にしていくうち、また二人で過ごしているうちに、美歌の見た目だけじゃない頑張り屋な一面にどんどん惹かれていき、気づけば好きになっていた。だけど、響には敵わないからと僕はその気持ちを抑え込んでいた。
そしてあの夏祭りの日、僕たちの関係は変化した。
二人で屋台を覗き込んでいると、高校生らしき男子が近づいてきて僕たちに声をかけた。その声の持ち主の顔を見た途端、美香の表情が一瞬で冷たくなるのが分かった。
「よっ、美歌! 久しぶり!」
「……なに?」
「美歌はやっぱ可愛いなぁ! なぁ、俺たちやり直さねー?」
「は? 『高校で新しい彼女できたから』って勝手に私を振っといて今さら何言ってんの? それに私、付き合ってる人いるから!」
『付き合っている人がいる』という言葉にショックを隠し切れずにいると、美歌が僕の腕をグイっと引っ張った。
「この人が彼氏! そういうことだから私のことは諦めて! じゃ、さよなら~!」
そう言うと、放心状態の男子を残したまま美歌はズンズンと人ごみをかき分け進んでいった。
「禅くん、巻き込んじゃってごめんね」
「いや、いいんだけど……。僕みたいな冴えない男を彼氏役にして良かったの?」
「なに言ってんの!? 禅くんはカッコいいよ!」
僕の気持ちに気づかず、平気でそんなことを言ってくる美歌に対し少し苛立ちを覚えた僕は、勢いに任せ気持ちを伝えてしまった。
「僕さ、東雲さんのことが好きなんだ。でも東雲さんは響のことが好きなんだよね? だったら僕に期待を持たせること言わないでよ」
「私が響くんを好き? なにそれ?」
「……違うの?」
「いや、確かに前は響くんのこと好きだったけど、響くんは奏ちゃんのことが好きって気づいた時から別に何とも思ってないよ?」
「えっ!?」
「それに私ね、カッコ良さだけじゃなく心から好きだって思える人ができたの……」
「そうなんだ……」
「それは誰なのか聞かないの?」
「気になるけど、聞きたくない」
「あっそ。じゃあ勝手に言うけど、禅くんだよ」
「……え?」
「私の好きな人は禅くん!」
「な、なに? 悪い冗談はやめてよ」
「冗談なんかじゃないよ! 私は禅くんが好きなの! 一緒にいるうちに好きになっちゃったの!」
「本当なの? ……それじゃあ僕たち両想いってこと?」
「そうみたいだね」
状況が急展開すぎて僕は頭が追いつかない。とりあえず二人で花火が見える場所に移動し、響たちと合流した。
花火が打ち上がったタイミングで美香が『好きだよ』と僕に耳打ちをしてきた。僕はそれに応えるように美香に微笑むと、手を繋いでもう一度お互いの気持ちを確かめ合った。
◇ ◇ ◇
2学期になって数日後、美歌がキラキラと目を輝かせながら僕のそばにやってきた。
「ねぇ、禅くん! いいこと思い付いたんだけど!」
「ん? 今度は何を思いついたの?」
「響くんと奏ちゃんをくっつける方法!」
「……一応聞くけど、一体どんな作戦?」
「ふっふっふっ……、名付けて『ミスター&ミスコンで告白させちゃいましょう作戦』です!」
「えぇ~、なにそのいかにも失敗しそうな作戦名……」
「もうっ! 名前なんて何だっていいの!」
美歌の考えた作戦はこうだ。
以前から噂されている《ミスター&ミスコンで優勝した者同士は両想いになれる》というジンクスを利用し、二人をくっつけるというもの。
幸いと呼んでよいのか、僕と美歌のことはまだ誰も知らない。作戦を結構するにはうってつけのタイミングではある。
「私ね、奏ちゃんに挑戦状を叩きつけてくるから! ……あっ! 響くんを取り合うのはあくまでも演技だからね? 本当に好きなのは禅くんだけだから!」
そう言うと美歌は勢いよく僕の胸に飛び込んできた。その姿に僕は愛おしさを感じ、彼女の頭を優しく撫でた。
――そして時は経ち、いよいよ運命の文化祭が始まった。
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