第21話 文化祭準備

 文化祭の準備は順調に進み、俺たちフィルム貼り担当班の出番がようやくやってきた。


「おーい、匹田ー! 貼るのってこんな感じでいい?」

「おぉ、上手いうまいっ!」

「あれ? ここだけは花火のくり抜きじゃないな?」

「そこらへんは音羽さんが担当してたみたいだけど?」


 一体何だろう? 俺は近くにあった適当な色のフイルムを手に取りその箇所に貼ると、後ろから懐中電灯で光を当ててみた。すると、浮き上がってきた絵に俺の胸がドキリとした。


 そこにあったのは、花火を見上げる浴衣姿の男女の絵で、その二人の手はしっかりと繋がれている。細かな特徴までは描かれていないが、その身長差、髪型であの夏祭りでの俺たちだと直感した。


 奏ではなぜこんな隅にこの絵を残したのだろう? もしかして俺と同じように、あの夏祭りでの出来事は奏にとっても大事な思い出の一つになってくれているのであろうか。そう思うと心がウキウキと踊り出し、俺は音羽が残した切り抜きにある追加を施した。


 出来上がった切り抜きを満足げに眺めていると、一緒に作業をしていたクラスメイトが横から覗き込んできた。


「それってデート中のカップル? ん? 二人の間にあるのはハート?」

「そっ。そこは俺が追加で切り抜いてみた」

「匹田って意外と乙女なんだな!」

「ハハッ! うるせーよ!」

 

 このくり抜きの絵のように、俺たちの心は確実に近づいてきていると信じたい。ついに俺は心を決めた。



 その日の作業が終わり、靴箱にいた禅を捕まえて一緒に帰る。そういえば、2学期になってからはクラス制作の準備やバンド練習の追い込みなどで何かと忙しく、こうして禅と二人きりでゆっくりと話すのは久しぶりだ。


「なぁ、禅? 俺、奏に告白することにした」


 突然の決意表明に禅はこちらを向き、目を丸くした。


「お、おぉ! ついにかぁ!」

「でさ、告るならいつがいいと思う?」

「そうだなぁ……。あっ! ミスター&ミスコンがいいタイミングなんじゃない?」

「どういうこと?」

「僕もこの間初めて聞いたんだけどさ、ミスター&ミスコンで優勝した二人はカップルになれるらしいよ!」

「なんだそれ……。ってか、今年は東雲が優勝するだろ? もちろん俺は奏が一番だけどさ……」

「まぁ、間違いなく美歌は強敵だけど、誰が優勝してもいいじゃん! 最後はによるんだし」

「もうそれって変なジンクス関係ねーじゃん!」

「ハハッ! そうだね!」




 そしていよいよ文化祭の前日。クラス制作も無事完成し、今日はバンド練習も早めに切り上げた。

 

「よしっ、こんなもんかな」


 最初はただ奏に近づきたいがために始めたドラムだったが、いつの間にか夢中になり、かなりの練習をこなしてきた。今では『熱中してる』と胸を張って言えるまでになったと思う。


 今日までのことを思い返していると、ノック音とともに防音室のドアが開けられ、父さんが入ってきた。あの言い争いの日以来、父さんとは壁ができていた。だから二人きりで話すのも久しぶりだ。気まずい空気で防音室が満たされる。


「父さん、どうしたの?」

「あぁ……、明日から文化祭なんだって?」


 まさか父さんが文化祭の話題を振ってくるとは思わず、構えていた俺は思わず拍子抜けしてしまった。


「えっ? あ、うん……」

「調子はどうなんだ?」

「いい感じだけど?」

「……まっ、その……、今日まで頑張ったようだから、当日は思い切り楽しんで演奏してこいよ」


 照れながら鼻を擦る父さんの様子を見て、意固地になっていた俺の心が和らいでいくのが分かる。


 話が終わったのか、父さんが防音室を出ようとしたので俺はすぐに呼び止めた。


「父さん、ちょっと待って。少し話する時間ある?」

「あぁ、なんだ?」


 俺は背筋を伸ばし、父さんの方を向いた。


「あの……、今回はバンド活動をさせてくれてありがとう」

「まぁ、約束だったからな」

「俺さ、今まで父さんが引いたレールの上を進むしかないって、勉強以外の色々なことを諦めてたんだ。だからアイツらと一緒に音楽に熱中できて本当に楽しかった」

「……それは良かったな」


 父さんに自分の話をするなんて慣れていないから緊張する。でも、今このタイミングを逃してしまうと、二度と素直な気持ちを言えない気がする。俺は握った拳に力を込めた。


「俺さ、やっぱり医者を目指すよ。父さんや周りから言われたからじゃなくて、これは俺自身が決めた」

「そうか」

「でもごめん。他の人みたいに、"人の命を救いたい、病気を治したい"なんてカッコいい理由なんてないんだ……。たださ、俺の奥さんになってくれる人が海外を飛び回るような人であっても、お金の面で制限なく行かせてあげられるくらい稼げる仕事に就きたいって思ったんだ」

「ん? それもまた立派な理由だと思うぞ? お前はまだ中学生だ。人の命を扱うということの重責は医学部に入ってから徐々に学んでいけばいいさ。……それよりも、響にそんな相手がいるとはなぁ」


 そう言うと、父さんはフッと笑った。


 父さんとの間に高い壁を作っていたのは俺自身だった。久しぶりに父さんの柔らかな表情を見て、俺の顔にも笑みがこぼれた。

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