最終話 最高の演奏を

 学校からの帰り道、俺は奏と二人並んで歩く。奏が彼女になったなんて夢みたいだ。俺はバレないように自分の頬をつねってみる。


「痛い……」

「なに? どこか痛いの?」


 奏が心配そうに顔をのぞき込んできた。


「なんでもない」

「そう? ならいいけど」


 隣を歩く奏の手が俺の手のすぐ近くにあり、少しでも動かせば触れることができそうだ。

 付き合ったその日から手を繋ぐのはありなのだろうか? でも俺たちは夏祭りの日にすでに手を繋いでいるから今さら気にすることでもないのか? そんなことをグルグルと考えていると、いつの間にか周囲に同じ学校の生徒がいなくなっていた。 

 俺は考えるのをやめ、思い切って奏に尋ねてみた。


「……なぁ、手繋いでもいい?」

「う、うん……」

 

 差し出した俺の左手に奏の右手が重なり合う。何だか照れくさくなり、奏の顔を見ることができない。手を繋いだまま、また前を向いて歩き出す。

 

「明日いよいよだな」

「そうだね」

「奏、緊張してる?」


 繋いだ手を前後に軽く振りながら、俺はチラリと奏を見る。奏の表情がいつもより固いように感じられた。


「まぁね。吹奏楽部すいぶの子たちも聞きにくるだろうし……」

「そうだな。でももうお前は一人じゃない。俺がすぐ後ろにいるから安心しろ。明日は思い切り楽しんで演奏しようぜ!」

「響……。ねぇ、あの日、私をバンドに誘ってくれてありがとう。おかげでみんなと演奏する楽しさを思い出せた」

「おうっ! 俺も奏のおかげで初めて一つのことに熱中できたよ」


 二人を包む空気が柔らかく溶け合っていくのが分かる。

 ちょうどその時、後ろから明るい声が聞こえてきた。


「奏ちゃ〜ん! 響く〜ん!」


 この声は東雲だ。東雲が大きく手を振りながらこちらへやって来る。隣には禅もいた。


「あっ! お前たち、今日はよくもやってくれたな〜!」

「アハハッ、響くん、ごめんって~! でも良かったでしょ? お互いの気持ちが分かったんだし!」


 東雲はニヤニヤしながら俺たちの繋がれたままの手元を見た。その視線を感じた奏が一瞬手の力を緩めたが、俺はその手を離すまいとギュッと握り返した。その様子を見た東雲はニコッと笑うと、それ以上は何も言わなかった。



「みんな見て! 空がキレイだよ!」


 東雲に言われ俺たちは空を見上げる。空は一面夕焼けに染まり、夜が顔を出し始めていた。


「……【カラフル】を結成した日も確かこんな空だったよな?」


 俺がポツリと呟くと、禅がそれに答えてくれた。


「うん。あの日のことはよく覚えてるよ。響が突然『バンドやろう』なんて言うから驚いちゃったよ」

「あの時さ、『俺たち【カラフル】もいつかこんな空みたいになればいいな』って思ったんだ……」

「僕たちはもうキレイに溶け合ってるよ」

「みんなと一緒に過ごせて良かった。よしっ! 明日は学校中を驚かせてやろうぜ!」


 俺たちは円陣を組み、明日のステージに向け気合いを入れた。


 


 次の日、俺たちは赤縁メガネ女子たちと一緒に家庭科部の部室で準備を始めた。


「では、みなさんの衣装の最終確認をしますので、それぞれ着てもらってもよろしいですか?」

「わー! 衣装カッコいい!!」

「家庭科部のみんな、本当にありがとう」

「こちらこそ衣装作りを任せてもらえて嬉しかったです。おかげで楽しい時間が過ごせました」



 衣装の補正を終え、ステージへ移動する。ステージ前にはもうすでに観客が座っている。

 ステージ袖で待機をしていると、数名の女子生徒がこちらに近づいてきた。


「ねぇねぇ、もしかして雪平くん!? なんかめっちゃカッコよくない!?」


 今日の禅はコンサート仕様のためメガネをかけていない。禅のイケメン具合に気づいた女子生徒たちのテンションが上がる。


「雪平くん! 私たちと一緒に写真撮ろうよ!」


 写真を撮り終わった女子生徒たちは満足気に観客席へと戻って行った。禅がやれやれとため息をつきながら戻ってくると、美歌が突然ぷくっと頬を膨らませ、禅の背中に張り付いた。


「禅さん……、なんかモテモテなようですな……」

「こんなの今日だけだよ。美歌、もしかしてヤキモチ妬いてる?」

「ふんっ! そんなんじゃないもん!」


 禅はふくれっ面の美歌を見て優しく微笑んだ。


「あー、盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ出る準備していいかな?」

「ごめん、ごめん!」


 ステージ袖で各自最終チェックを行いながら出番が来るのを待つ。


「みなさま、お待たせいたしました! 続いては異色バンド【カラフル】です!」


 ついに俺たちの出番だ。円陣を組み各々の顔を見つめた。みんなの瞳は力強く輝いている。


「俺たちにとって最初で最後のステージだ! 盛り上がっていくぞ!」

「「おおー!」」


 俺たちは勢いよくステージへ駆け出した。


「こんにちわー! 【カラフル】でーす!

 俺たちは、フルート、津軽三味線、ドラムの異色バンドです! 初めてみんなで演奏した時は全く音が合わず、どん底からのスタートでした。でもみんなこの日に向けて一生懸命練習をしてきました――」



 俺たちの個性溢れるカラフルな日々はこれからも続いていく。数か月後には受験が始まり、きっと俺たちはそれぞれの将来の夢に向かって別々の道を進むことになるだろう。でもどんなに離れてしまっても、俺たちには【カラフル】でできた強い絆がある。この絆があればどんなことだって頑張れる!

 


「それじゃあ、会場のみんなー! 盛り上がっていくよー! ワンツースリーフォー!!」


 美歌のスタートの合図とともに俺のドラムが鳴り響く。大歓声の中、俺たち【カラフル】の最初で最後のステージが始まった。




                       完

 

 




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Colorful【カラフル】 元 蜜 @motomitsu

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