第四章 【カラフル】な日々

第19話 何かが起きる予感

 バンド【カラフル】も俺の恋心も一歩前進した夏休みが終わり、いよいよ文化祭のある2学期がスタートした。


 教室には真っ黒に日焼けした姿を自慢している男子や、夏に起こった出来事を楽しそうに報告し合う女子たちがいた。

 そして朝のHRホームルームを知らせる予鈴が鳴り、話が盛り上がっていたクラスメイトたちは残念そうに自分たちの席に着席した。



「きり〜つ、れ〜い、ちゃくせ〜き」


 2学期のスタートは、夏休みボケがまだ抜けきれていないような挨拶から始まった。


「みんな、もっと元気だせ! 今日は中学生活最後の文化祭に向けて色々決めていくぞー! じゃあ文化祭実行委員、前に出て進行して」


 相変わらず元気いっぱいな担任に指名され、文化祭実行委員が黒板の前に進み出た。



「ではまずクラスの出し物から決めたいと思いますが、どんな作品にしたいか意見はありますか?」


 俺たちの学校では、代々3年生はアート作品の製作ということが決まっている。劇などの出し物は準備に時間がかかるため、受験生でもある3年生へのせめてもの配慮のようだ。


「ほら、最近よくテレビで観る芸能人の顔とかがいいんじゃない?」

「いや、逆に仏像系で攻めるのはどうだ?」


 その他、アニメのキャラクターや龍などの意見が出されたが、みんなの好みがバラバラでなかなか一つにまとまらない。

 よく見ると、初めてクラスを率いる文化祭実行委員は、矢継ぎ早に出てくる意見を黒板に書き写すのに必死で、進行どころではないようだ。


 このままではらちが明かないと心配になった俺は、クラス委員長としてまとめる手伝いでもするかと腰を上げかけた。その時、突然クラスがしんとなり、みんなの視線が窓際に集まった。つられてみんなと同じ方向を見ると、なんと、これまでクラスの話し合いの時にはいつもぼんやりと外を眺めていた奏が手を挙げていたのだ。


「えっと……、あの、音羽さん……、なにか意見がある?」


 奏はその場にすくっと立ち上がった。


「花火なんてどうかな?」

「えぇ〜、景色とかありきたりすぎじゃな〜い?」


 奏の意見に、これまで自分が好きなアイドルの名前ばかり挙げていた女子が不満そうに口を尖らせた。この女子生徒は以前から何かに付けて奏のことをクスクスと笑っていたヤツだ。


 奏の意見が却下されそうな雰囲気になりかけた時、クラスのどこかからさらなるアイデアが出された。

 

「いや、待って! じゃあさ、教室全体を花火大会の会場にするのはどうだ?」

「どういう風に?」

「例えば、黒い大きな紙を花火型にくり抜いていく。その穴に色々なカラーフィルムを貼って後ろから照明をあてて花火のように見せるなんてどうだ?」

「それいいね! それもさ、壁だけじゃなくて教室全面と天井を利用して、さらに花火のBGMを流せば、まるで花火大会にいるような感覚になるんじゃないか?」

「うん、それいいじゃん! 受験勉強で祭りに行けなかった人も結構いるだろうから、みんなに楽しんでもらえそう!」


 賛同の波が拡がり始めると、否定的だった女子生徒も納得せざるを得なくなったようだ。


「じゃあ、クラスの出し物は‟花火”で決定ということで。じゃあ、それぞれ担当班を決めます――」


 話し合いの結果、奏は他の女子たちと一緒にくり抜き担当班、俺と禅はフィルム貼り担当班になった。

 奏と班が別になってしまったのは残念だったが、同じ班になった隣の席の女子と笑顔で話す奏の様子を見て俺は無性に嬉しくなった。  



「えー、続いてはお待ちかねのミスターとミスコンのクラス代表の選出ですけど、ミスターは考えるまでもなく匹田くんでいいよね?」


 クラス中から『もちろーん!』と一斉に賛成の声が上がり、俺の意思を確認することなくミスターコンのクラス代表は決定した。


 続いてミスコンのクラス代表を選ぶのだが、こちらは予想どおり難航した。男子が下手に誰かを推薦すれば、後から何を言われるか分からず恐ろしくて発言ができない。とはいえ、女子たちも譲り合って堂々巡りだし、こんな状況で自ら立候補する勇気のあるヤツなんているわけがない。


 最終手段のくじ引きで決めるかとなりかけた時、一人の女子生徒が突如立ち上がった。その女子とは、あの赤縁メガネ女子軍団・家庭科部の一員だ。俺は瞬間的に嫌な予感がした。そしてその予感はすぐに的中することになる。


「音羽さんを推薦します!」


 家庭科部員の女子は予想どおりの名前を挙げた。その瞬間、俺は天井を見上げ、呼ばれた当の本人はもちろんのこと、クラス全員の顔が固まった。


「わ、私!? ミスコンとか無理だよ!」


 奏は顔を真っ赤にして手を思い切り顔の前で振った。その新鮮な反応に固まっていたクラスの雰囲気が一変する。


「音羽さんが焦ってるの初めて見た!」

「前から思ってたけど、音羽さんって実は笑うと可愛いよね?」

「そうなんです! それに、音羽さんがフルートを吹いている時の真剣な顔は本当に美しいんです!」


 その一言をきっかけに、あっという間に奏はミスコンのクラス代表に選ばれた。


 クラスの中で奏の評価が良いものに変わっていくのはもちろん喜ぶべきことなのだが、これまで俺だけが知っていた奏の魅力をクラスメイトに、特に男子たちに気づかれてしまいそうで、俺は内心焦りを感じた。

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