第18話 夏休みの終わりに

 しばらくして数百発の花火が連発され、夜空一面が色とりどりの光に染められた。


 俺と音羽は手を握り合ったまま壮大なフィナーレを見届けていたが、禅がこちらを振り向いたタイミングでその手をパッと離した。


 その後はお互いに顔を見ることなく、花火大会は大歓声とともに終わりを迎えた。



 俺は家に帰り着いてベッドの上に仰向け倒れると、手を伸ばしそれをじっと見つめた。

 先ほどまで音羽と繋がっていた手が照明に照らされている。音羽の細く長い指とぬくもりが思い出され、あの時のなんとも言えない喜びを忘れぬよう俺はその手をギュッと握りしめた。



 数日後、俺たち4人はバンド練習のため音楽室に集まった。音羽と会うのはあの祭りの日以来だ。

 練習を始める前に何度か目が合ったのだが、何故かあの日手を繋いだ理由を聞くことも、お互いの気持ちを確認することも俺は出来なかった。


 

「よしやるぞ~! 1、2、3、4」


「ちょっと待ったー!」


 気を取り直して演奏を始めようと、俺がドラムスティックでカウントを出したところで、突然東雲が両手を挙げストップをかけた。


「東雲~、なんだよ急に!」

「ねぇ、そろそろ本番に備えた練習にしない?」

「どういうことだ?」

「ほら、例えば出だしもさ、会場を盛り上げるような感じでいかない?」

「具体的にどんな感じだよ?」

「ん~、響くんはスティックじゃなくて、スネアとかシンバルなんか使って勢いのあるカウント出しをするとか?」


「あっ! それならいきなり響から始まるよりかは、まず美歌が会場を煽るようなこと言った方が一気に盛り上がるんじゃない?」

「禅くん、それナイスアイデア! 『会場盛り上がっていくぞー!』みたいな?」

「うんうん! いいね!」

「ねぇ、響くんはどう思う?」


「……その前にちょっといいか?」

「うん、なに?」


「禅、いつの間に東雲のこと名前で呼ぶようになった!?」


「あー……、この間の祭りの後からかな?」

「私が“美歌”って呼んでってお願いしたの! ほら、バンド組んでるのにいつまでも苗字呼びだとなんか堅苦しいじゃん?」


「そうだ! ねぇ、今日から全員名前呼びにしようよ! そしたらバンドに統一感が出るし!」

「えぇ!?」

「ほら、響くん! 奏ちゃんのこと名前で呼んでみてよ!」

「はっ!? そんなのいきなり無理だって!」


 ただでさえ音羽のことを意識しているのに、そんな急接近するようなことできるわけない! しかし東雲は、戸惑っている俺に対しさらなるプレッシャーをかけてきた。


「いい? バンドが一つになるためにも照れちゃダメだよ!」

「あー、わ、わかったよ」


「音羽、いいか? じゃあ……呼ぶぞ?」

「うん」


「……奏」


 音羽の名前を口に出した途端、俺は顔面が一気に熱くなるのを感じた。


「いいね~! じゃあ、次は奏ちゃんの番だよ!」

「……私もなの?」

「当たり前じゃ〜ん! はい、どぉぞ!」


「……響」


 小さい声ではあったが、音羽が俺の名前を初めて呼んだ。俺は内心跳び上がって喜びたい気持ちをなんとか抑えこみ、冷静さを装った。


「お、おうっ……、奏」


 こうして俺たちは、半ば無理矢理に名前で呼び合う仲になったのだった。



「ねぇ、美歌……ちゃん? 私も演奏中に色々動いてみたいんだけど、いいかな?」

「いいねぇ! コンクールじゃないんだから、奏ちゃんも自由なスタイルで演奏楽しもうよ!」

「じゃあ僕は奏ちゃんと動きを合わせるよ!」

「あと、間奏に入ったら私が、『三味線、禅!』『フルート、奏~!』『ドラム、響!』ってみんなを紹介する!」

「おいっ! みんなだけで盛り上がるな〜! 俺も何かしたいっ!」

「あー、ごめんごめん! 響くんはどうしよっか〜? 禅くん、何かアイデアある?」

「そうだな〜、響はいつも姿勢が良いまま演奏してるから、身体全体を使ってパフォーマンスしてみたらどうかな? きっと音の勢いが変わってくると思うよ!」

「なるほど! よしっ、やってみるわ!」



 その時ふと、音楽室のドアの方から視線を感じそちらを見てギョッとした。ドアの隙間から数名の女子たちがこちらを覗いていたのだ。


「うわっ! びっくりした!」


 赤縁メガネ女子はドアを開け、再び数名の家庭科部員たちを引き連れて音楽室に入って来た。


「驚かせてすみません。あまりにも尊い光景が目の前で繰り広げられていたもので、我々つい見入ってしまいました」

「あぁ、そう……。で、今日はどうしたの?」


「あぁ、そうでした! 家庭科部渾身の衣装デザインが完成したのでお届けに上がったのでした!」

「え~! 見たい見た~い!」


 赤縁メガネ女子が後ろに控える部員に合図を出すと、ささっと何枚かの画用紙が机の上に並べられた。


 出来上がったデザインは4種類あり、どれも和風な雰囲気ではあるが、それぞれタイプが異なっていた。


 美歌は、上半身は黒地に和風な柄が入った着物のような形で、下はロング丈の黒色シースルースカート。その中には丈の短いスカートを履くようだ。


 奏の上半身は美歌と同じだが、下はロング丈の黒色フレアスカートになっている。スカートの裾が波のように揺れているのが特徴的だ。


 禅の上半身は白色のTシャツで、下は黒ベースのワイドパンツ。サイドに美香や奏と同じ和風柄が入っているのがオシャレな感じだ。


 俺も上半身は白色のTシャツだが、下はバスドラを叩く時に足元が邪魔にならないようショートパンツになっている。そしてみんなと同じ和風柄の布を腰に垂らしている。


 家庭科部員たちが考え抜いてくれた衣装デザインは、東雲が注文したとおり和と洋の融合で、見た目の勢いと着た時のゆとりを兼ね備えており、かつ各々の個性が出せている素晴らしい出来だった。


「か、かっこいい~!!」


 全ての衣装を確認した俺たちは、同時に感激の声をあげ、満場一致で衣装が決定した。

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