彼女

 体に力がでてこない。ううん、当然と言えば当然なのだろう。目を開けると、私に気付いて男性が明るく笑う。


「あっ、起きた?」


 茂吉さんだ。声をだす気力もなく、呆然と彼を見る。彼の耳は人ではなく、狸で彼も半妖なのだと見てわかった。


 自分が何をしていたのか。あの化け物から私が剥がされて、封印ではなくなった。ああ、剥がされた後、私は気を失って……人じゃなくなっても気を失うんだなぁ。


「動けないでしょう。あの化け物から剥がして、力が削がれたからね。封印が解かれて、君の名は頓与殺の封印ではなくなった。君は自由だ。成仏できる」



 自由。成仏。

 聞いて目頭めがしらが熱くなる。肌に涙が伝う感覚がある。

 ああ、直文さんの言葉通りだった。

 君を救う。君を守る。こんな名無しの私でも守ってくれた。



[────っ!]


 人ならざる悲鳴が聞こえた。あの、化け物の声。


「ほら、あいつが倒してくれているよ」


 茂吉さんは私に見せてくれた。

 化け物の足は全て切断されて、体は大きな光の刺で身動きを封じられている。たくさんの手はげたあとしかない。

 えぐれた箇所がいくつかある。

 

 四人の色の違う直文さんがいた。彼らが化け物を鎖のようなもので捕らえている。化け物の顔は歪んでおり、ボロボロと泣き崩れていた。


[助けて助けてもうやめて許して]


 驚くしかなかった。あの恐ろしい化け物が情けない姿で、直文さんに命乞いをしている。茂吉さんは恐々として笑みを浮かべていた。



「いやぁ、あいつの憤激ふんげきした姿は初めて見た。余程、許せなかったみたいだね。一気に片をつけられるはずなのに、じわじわ苦しめていってたよ」



 直文さんがとても怒った。そんなに激しく怒るほどだったの?



「君、不思議そうな顔をしているね」


 茂吉さんに言われて私は驚く。顔に出ていたようだ。彼は明るく笑う。


「大切な人を傷つけられたら怒るって、耳に入れたことあるけど。それじゃないの?」


 大切な人。

 私が、直文さんにとって大切な人。

 思うと、心がなんだか温かいものに満たされた。けど、胸が苦しい。ドキドキしてきて切ない。彼の事をたくさん考えると、たくさんの涙が出てくる。

 我がままな願いが生まれる。彼と一緒にいたい。彼の傍で生きていたいと。

 ああ、こう思うなら、彼と早く会いたかった。



 美しい音色が響き渡る。

 麒麟の鳴き声。直文さんの声だ。色の違う直文さんは四方に散った。彼はその中央に立つ。風にのって声が聞こえた。


「四方に顕現けんげんせよ。南に朱雀すざく、北に玄武げんぶ、東に青龍せいりゅう、西に白虎びゃっこ。余はその中央に在りし者」


 四人の直文さんは、其々の色の光に変える。その本人は髪の色を黄金に変えていく。光の加減によっては五色にも見えた。月のない夜に黄金の月が現れて、私は微笑んでしまった。

 直文さん。やっぱり貴方は『夜空の化身』だったのですね。



煌々こうこうまたたきし執行の光を黒き者に。さあ、浄土と地獄を見せよう」


 四方の光が直文さんに集まる。段々と光が帯びていく。黄金の瞳を開いて、言霊を使った。


輝天光獄こうてんこうごく


 黄金の光の柱が彼の中心に展開する。光の柱は段々と大きくなり、化け物ごと村を呑み込む。まるで、村の全てを浄化しているみたい。けど、とても優しい光だ。

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