直文の彼女

 ……うっすらと目を開ける。また眠ってしまった。でも、温かい誰かに抱えられているような気がする。上から優しい声が聞こえた。


「起きたかい?」


 直文さんだ。ゆっくりと目を開けて、彼の姿を確かめた。人の耳はない。竜の耳と角を生やしているが、柔らかな微笑みは彼ので間違いはない。

 頭がほわほわしている。わかるのは、直文さんが私を大事そうに抱えていることだけ。


「……直文さん。化け物は……」


 とても眠い。眠いけど、何とか言葉を吐く。彼は苦笑をした。


「倒したよ。村にたまっていた邪気も一気に浄化しちゃった」

「……容赦ない、です」

「自分でもやり過ぎたと思う」


 彼は苦笑する。

 もう村から離れた。つまり、私はもう幽霊に近い状態。あの化け物の気配を私の中から感じられない。眷属ではなくなった証拠だ。


「……私は……成仏できるのですか?」


 私の質問に彼は首を縦に振る。


「うん、君はもうあの村に囚われる必要はない」


 それを聞いてほっとして、嬉しさが沸き上がる。


「ありがとう……ございます」

「うん、でも俺はまだ君に果たさなきゃいけない約束があるんだ」



 約束? 約束って何。

 思い出そうとする前に、パァンと音が聞こえた。まばゆい光が真夜中の空をぱちぱちと照らす。

 まだ戦いは終わってないの。驚いて、何とか明かりの方向に首を向けた。


 豊かな大きな光の花が現れる。細かな光が空に明るい花を作り出していた。でも、花はすぐに消える。

 消えたと思ったら、一つの筋が龍のように空を昇った。龍が破裂すると、空の花がまた作り出される。

 桜のように儚くて、紫陽花あじさいみたいにたくさん咲いて、金木犀きんもくせいのように良いかおりはしない。でも、一定の時期にしか見れないものだと思うと、この香りも悪くないと思った。


 夜空に一瞬の花畑が作られる。


 遠くから見ているけど、町の方で花が作られているらしい。人々が楽しそうに見ては、何やら声をかけている。

 心に染み込んでいく光景だった。

 これを見て、約束を思い出す。


「はな……び?」

 

 直文さんは頷いた。


「君の生きていた時代ではあまり見れなかったと思う。特等席を用意するといったよね。今俺が君を抱えて飛んでいるんだ。地面だと人混みが多いしね」


 大輪の花が打ち上がる。ぱぁんと音が遅れてやって来た。



 花火。なんて美しく、儚くて心が踊るのだろう。



 目が潤んでいく。視界が歪んで、瞬きをすると頬に熱いものが流れる。



 幽霊なのに、涙を流すなんて可笑しいな。

 笑ってしまい、直文さんに感謝をした。


「ありがとう、ございます」

「どうもいたしまして」


 優しい声の彼に顔を向ける。彼は微笑みを作って、私を見る。前に比べて、顔に感情が出てきていて嬉しかった。



 ……眠くなってきた。眠る前に、言いたいな。


「……直文さん」

「何?」

「私、生きている頃に貴方と会いたかったなぁ……」

 


 直文さんは目を丸くする。

 困らせてしまった。でも、言いたかった。一緒にいたいとか、傍に居たいと思うのは私のわがまま。胸にとどめておくの。

 彼は一瞬だけ痛そうな顔をして笑う。



「俺も、君と早く会って──……」



 もう彼の言葉がわからない。眠くもなってきて、視界も狭まっていく。でも、優しい答えだと言うのはわかった。



 ──ありがとう、直文さん。

 

 

 もう口を動かせない。次目覚めたら、また直文さんと会えるかな。



 会えたらいいな。会えたら、貴方に────

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