彼女

 目を開けて、私は起き上がる。


 相変わらず神社の中はボロボロだ。怠さがある訳じゃないけど、心地は良くない。何度か女の人と遊び、女の子として成長していく夢を見ていた。

 

 あの女の人は、多分私のお母さんじゃないかな。でも、なんで名前を呼ばれてないのかな。幽霊でも夢を見るなんて不思議だ。背伸びをして、立ち上がった。

 障子戸しょうじどを見ると、とっても明るい光が入ってきている。


 もしかして、朝? 立ち上がって気付く。

 

 服は汚れてないし、脱げてない。幽霊だからお腹は空いてないし。あっ、自分の服は脱げるのかな。いそいそと試して腰に巻かれた帯紐を取ってみた。ぱさっと着物が落ちる。

 同時に、神社の障子戸しょうじどがガタッと音がして開いた。


「おは」


 声と共に勢いよく障子戸しょうじどが閉められた。ぴしゃんって勢いよく閉まったな。直文さんの声だったから、まさか。胸の奥と顔が熱くなる。急いで着物を着直して戸を開けた。

 直文さんは頭を抱えていて、隣には見知らぬ男の人が彼をいじっている。


「おやー、直文。一体中で何をみたのかな?」

「もっくん。うるさい」


 直文さんの声が怒っているように思えた。にやにやとしているもっくんと言う人は、私に目線を移して笑ってくれた。


「やぁ、俺は茂吉もきち! 君のことは聞いているよ。俺は直文とは仲のいい同僚さ。よろしく」

「えっと、よろしくお願いします?」


 明るく挨拶をする彼に、私は呆けて返すしかなかった。直文さんを見ると、頭を抱えていた。

 しばらくして彼は顔をあげる。無表情だからわからないけど、何かを決意したらしい。私の両手をつかんで真っ直ぐと。


「責任はとる。君がよければ俺のもとへ嫁ふごっ!?」

「はぁーい、ややこしくしなーい」


 茂吉さんに頬を殴られた。私は驚いたし、茂吉さんは呆れていた。


「ごめんね。こいつ真面目だから変に暴走するんだ。ほら、直文。責任云々せきにんうんぬん言う前に謝る」

「……ごめんなさい」


 良くできましたと誉める茂吉さん。直文さんが何を言おうとしたのかわからない。けど、私の裸を見たのは直文さんが悪いわけではないし。


「気にしないでください。私も悪かったです」


 彼は赤くなった頬を押さえながら、ほっとした。……あれ、今少し無表情が崩れたような。茂吉さんは私をみて感激していた。


「わぁお、優しい。こんななおくんを許してくれるなんて心広い!」

「……もっくん少しだまって」


 無表情だけどイライラしているのがわかる。

 外を見て、確認。

 空は青色で雲があって。青々とした緑がある。朝だ。昨日は夜空を見たけど、今日は青空を見れた。

 感激していると直文さんが聞いてくる。


「そういえば、君と会ってあれから十日ほどたったけど、何か変化はなかったかい?」


 とおか? 直文さん。何と言ったのか。


「十日って何故ですか? 昨日会ったばかりではありませんか」


 二人は驚いていた。直文さんは無表情だけど、なんで驚くの?

 

「……今まで何をしていたんだい?」


 恐る恐る直文さんに聞かれたから、素直に答える。


「えっ、寝てましたよ。直文さん」

「今までずっと?」

「はい」


 素直に答えて頷く。直文さんは静かに黙って、私の顔をみた。


「恐らく、君は俺達が来るまでずっと眠っていたんだ。俺はこの村について色々と調べ直した後に来た」


 一瞬だけ嘘かと思ったけど、直文さんが私に嘘をつく理由はない。


「……嘘ですよね」


 でも、言葉として出てきてしまう。自分が長く眠っていたとは思えない。いや、幽霊だから長く眠れてしまうのかも。でも、直文さんが嘘をついているとは思えない。私の言葉に彼は首を横にふる。


「本当だよ。ここには十日後に来た。もしかすると、君が成仏できないのに理由があるのかもしれない」


 成仏できない理由。

 私が中途半端だからと言う理由もあるらしい。原因はなんなのだろう。なんで、この村から出れないのだろう。直文さんが私の目の前に着て、目線を合わせる。


「大丈夫。俺が君を助ける。絶対に三途へ導くから」


 直文さんの言葉は実直で嘘がないように感じた。私は少し嬉しくなってしまう。


「だから、俺が君の裸をみた分の責任を含めて定期的にここに来るよ」

「ありがと」


 って、あれ? 詳しく聞いてなかったけど直文さん。


「わ、私の裸見たのですかっ!?」


 顔が熱くなる。


 見たんだ。ちゃっかりみたんだ!


 直文さんは自分の発言に瞬きをしたのち、顔に赤みを作る。彼は懐から短刀たんとうを出して、地面に正座をすると茂吉さんに首を向ける。


「茂吉。介錯かいしゃく頼む」

「はいはい」


 呆れて茂吉さんが大きな太刀を出す。えっ、どこから出したのその太刀。直文さんは短刀を鞘から抜いて目をつぶる。


「おなごはだ めにうつりては 思いだし 己の馬鹿さ 身に染みていく」


 歌のような……って、もしかして辞世じせいの句ーーっ!?


「死なないで、死なないで死なないでぇぇーー!」


 切腹しようとする彼を私は慌てて止めた。




 私は短刀を取り上げて、茂吉さんを止めに入る。

 茂吉さんはやるつもりはなかったらしく、すぐに大きな太刀を地面におく。やるつもりがなかったら止めてほしかった!

 直文さんも、お、女の子の裸をみたぐらいで切腹しないでほしい。別の方法での責任の取り方があるでしょう。その張本人の直文さんは、土下座をし続けている。

 ……見たのはあれだけど、深く反省しているようなので許します。


「ところで、君は寝ていたと言うけど、寝ている間何かなかったの?」


 茂吉さんの声がかかると、私は彼に話す。


「えっと、夢と言うか。多分、過去の記憶のようなものはみました。見たのは、私のお母さんと私が巫女になるために習い事をしている記憶です」

「おおっ、結構思い出してるね」


 茂吉さんは感嘆するけど、そうでもないと首を横にふる。


「まだです。私の名前と死んだ記憶が思い出せないのです」


 肝心な記憶を思い出していないのだから。

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