直文2

 ──彼女を落ち着かせたあと、俺は話せる範囲を話した。俺の属している組織と役目を。平安時代の四天王のように思えるだろう。彼女は凄く楽しそうに聞いていたけど、次第に表情をくもらせる。


「直文さん。私は成仏できますか?」

「貴女を三途へ導くのが俺の役目です。してみせます」


 それが俺の役割であり、今回与えられた仕事だ。……いや、仕事だからやるんじゃないな。俺の意志でこれをやりとげたいと思っている。彼女から声がかかった。


「あの、直文さん。素の口調で話していただけませんか?」


 ……出会って間もないし、失礼にならないか? 聞いてみよう。


「何故ですか? 貴女は俺より年上なのです。年上は敬い丁寧に接しないといけないでしょう?」

「……えっ、直文さん。何歳なのですか?」


 驚かれる。ああ、なるほど。俺をまだ人間だと思っているのか。半妖の見た目の年齢なんてあてにならない。霊体である彼女は死んだ時の年齢で止まっている。そうか、俺より若く死んだのか。……一応打ち明けてはおくか。


「俺は百五十歳の若造です」

「……ええっ!? 百五十歳!? 何処が若造なの。お爺ちゃんじゃあない!」


 おっ、お爺ちゃん……。半妖の中では若い方だけど、人としては寿命を余裕に越えている。でも、三百年もここにいる人にお爺ちゃんと言われたくはない。


「……普通俺がただの人なわけありません。それに、人のこと言えないでしょう」


 顔に出ないのに、分かりやすく拗ねてしまった。大人気ない。彼女は謝ってきた。


「ごめんなさい。直文さん。私が死んだのはたぶんまだ若いときだと思うのです。ですので、私を年下扱いして素の口調で話してくれませんか?」


 ……もう若くして死んだと理解しているのか。彼女は頭がいいようだ。彼女の記憶が戻らない限り、成仏は難しい。思い出すためにも、精神的な幇助ほうじょも必要か。あまり思い出していいものでもないとは思うけれど、彼女の為にも必要か。

 息を吐く。


「……わかった。君の要求は飲もう」


 俺の口調が砕けると、彼女の雰囲気が明るくなる。顔にも出ている。そんなに嬉しかったのかな。彼女はおずおずと言葉を向けてくる。


「私も出来る限りお手伝いはします。それまで、名前を忘れた幽霊と仲良くしてくれますか?」


 瞬きをする。今、この子は何て言ったの? 俺と仲良く。えっ。


「……えっ、仲良く? 君と俺が?」


 彼女は明るい笑顔で頷いた。その笑顔は江戸の花火の明るさがあって、眩しさを感じる。幽霊のような存在なのに、この子は前を向こうとしていた。それに、無表情な俺とも仲良くしようとしている。

 顔に熱さを感じる。高揚していて、胸が踊った。嬉しい。笑えないけど、言葉にありったけの思いを込める。


「うん、よろしく頼むよ」


 彼女はまた微笑んでくれた。他意もなく笑ってくれるこの子に何が出来るだろうか。少しでも彼女を救ってやりたいと思った。






 一旦本部に戻って状態を報告した後、本部にある書庫に向かう。

 俺がいる場所は、大きな日本の武家屋敷が多くある。たくさんの半妖が住んでいる場所だ。時が過ぎれば、また本部全体建て直すかもしれない。


 いや、そんなのはどうでもいい。棚には幾つかの紙の本があり、富与佐津とみよさつ村についての情報をまとめたものを出した。


 行く前に見たとはいえ、確認しておきたい。調べるのに時間がかかるだろう。自室に向かって机の前に正座をして、分厚い本を開いた。



 富与佐津とみよさつ村──いや、本当の名前はとみを与えて殺すと書いて頓与殺とみよさつ村。



 あそこは農作物が豊富にあったから、あの名がついたと思うだろう。

 実際は違う。あそこの土地は農作物が育たない。人の手を何十年何百年とかけて、まともな土地となる場所だ。

 粗悪そあくな土地であったことから、頓与殺村と名付けられていあ。

 頓は【苦しむ。困り果てる】意味を持つ。与は与える。殺は殺す。苦しみ与えて殺す村。名の通り、頓与殺村。その村名では良くないと考え、文字を変えたのか。頓与殺から富与佐津と。


「とみよさつ、頓与殺、とみよさつ、富与佐津。……なるほど」


 言霊か。言葉に力があり、魂が宿ると考えられる。俺達半妖は言霊を使わないと力が使えない。厄介ではあるが慣れている。

 ……あそこには神社がある。富与佐津神社。豊穣の神を奉っているとされている。しかし、頓与殺村の神社の本当の祭神は豊穣の神ではないだろう。

 行く前に、いくつか神社に赴いて聞いてみた。

 富与佐津村の祭神は知らない。だが、頓与殺村の神は知っている。あそこの山の神は悪食あくじきだと皆が言っていた。また中にはあれは神ではないと言われている。

 悪食とは、神ではないとは。

 そこの疑問を辿るには、村の始まりに遡る。

 同じ半妖の安倍晴明先生が活躍していた時代。あの村は一人の男が作ったとされている。

 一人は山から湧き水を見つけてそこに神社をたて、村人を呼び寄せて村を作った。巫女と言う役職は神社が作られて、すぐのようだ。

 ……富与佐津と変えたのは男が亡くなった後だ。何故、悪い名をつけたのか。気にはなるが、まだわかっていないこともある。

 まず、巫女について見直そう。頓与殺の巫女は。


「なーおくーん。考え事ー?」


 背後から聞こえた声。俺は驚いて振り返る。無邪気を満たした笑顔があった。そいつの目には俺の驚いた顔はない。けれど、俺の心の臓はばくばくしている。


「驚いた」

「相変わらず、そんな顔しているようには見えないよ。直文」

 

 長い濃い茶髪で童顔でにこにことしている。俺と同い年の同僚の茂吉もきちだ。暖色系の柄がある着物を着ている。動きやすい着物の着方をしており、意外と伊達男なのだ。

 興味津々に俺の隣に座る。


「ほんとー性格も相変わらず真面目だねぇ」

「……今回の任務について見直したいことができたから」


 俺の読んでいるものをみて、茂吉は納得した。


「ああ、なるほどね。いつもより直文が真面目になるわけだ。この任務。俺も手伝ってあげる」

「ありがとう」

 

 感謝をすると、こいつは可愛いげのある微笑みを作る。……明るい顔をしているくせに、抜け目ない奴。何処で俺の任務の報告を聞いていたんだよ。

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