直文

 まだ江戸は徳川幕府により治められている。流石豊臣よりも土台がしっかりしているな。

 遠くから声をかけて、彼女を呼び寄せた。光があればどこでも俺は伝達ができる。階段を上って、懸命に上ってきている白い巫女の少女。あの子が俺の仕事の相手か。頑張って神社まで戻ってきたようだ。目を瞑って息を荒くして顔を俯かせている。労いの声はかけておこう。


「お疲れ様」


 彼女は顔をあげて、目を丸くしていた。見惚れているのだろうか。よく同僚からお前の容姿は整っていると言われる。女を落とすのにいいなと言われるが、俺は口説きは得意ではない。


 表情に感情が出ないからだ。能面の直文と言われているほど、感情が表情に出ない。何故なのかは、自分がよく知っている。


 俺は挨拶と自己紹介をして、彼女に色々尋ねた。

 わからない。自分の名前もわからないときた。これには俺も驚く。顔には出ていないだろうが、驚いている。俺は彼女に記憶の喪失の旨を教えると傷ついた顔をした。


 わかっていたのか、わからなかったのか。俺はわからない。喪失の要因をあげていくけれど、彼女は困った顔をする。


「直文さんは、何者なのでしょうか」


 何者か、か。彼女はとっくに死んでいるのだ。明かしてしまおう。


「俺は貴女を救い守る者だ」

「えっ」


 赤い顔になる。どうしたのだろう。


「仕事の一貫で貴女を救いに来た……って、項垂れてどうしました?」


 急に項垂れてしまった。何処か悪いのだろうか。


「何処か痛いのですか? さっきまで顔が赤かったのはどこか調子でも悪いのですか?」

「大丈夫……自分の単純さに呆れただけです」


 大丈夫ならよかった。でも、何故単純さに呆れるのだろう。不思議に思うと彼女が聞いてきた。


 ここはどこなのかと。本題だ。記憶を失っているなら、教えてあげるべきだろう。


 富与佐津とみよさつ村。昔は沢山の作物に恵まれていた村。彼女がいた富与佐津神社は山の神を祀ったものだ。この神社と彼女に用があって俺はきたのだ。ああ、ここに三百年間いたとは哀れだ。

 話終えると、彼女は三百年前のことを不思議そうに聞いてくる。


「貴女は三百年前に人として亡くなった者です」

「……えっ」


 目を丸くする。ああ、この表現はよくなかったな。


「失敬。貴女は死者ではありますが、中途半端な存在なんです。俺は貴女を成仏させる為遣わされました。しかし、ここまで曖昧なものとは」


 そうだ。まさか、幽霊と妖怪に近い状態だとは思わない。これは、一体。彼女は気が動転して俺に食いついて聞いてくる。


「……私はどういう状態なのですか!?」

「死んでいますが存続している。俺にもわからない中途半端な存在なんです」


 申し訳ないがこういうしかない。

 これは、簡単に成仏できない案件だ。俺はあの人に命じられて、この村にきたが厄介な問題にぶち当たる。情報も見てきたが、彼女がここまで酷い状態だとは思わない。これは組織に助けを呼ぶしかないか。

 声が聞こえた。

 嗚咽を噛み締める声。顔を向けると、目からボロボロと涙が出てきている。俺は驚愕してしまった。泣いている女性を励ますなんてあまりしたことない。彼女は膝をついて、泣き顔を両手で隠す。


「うっ……ひっぐ……!」


 なんで泣いているのかはわかる。俺の配慮が足りなかった。この子は自分が何者なのかわからない。名前すらも忘れて、家族すらも忘れているのだ。

 そして──。脳裏に思い出した情報が過り、拳を握りしめる。彼女に近づいてしゃがむ。背中を優しく撫でてあげた。


「……ごめんなさい。傷付けてしまってすみません」


 彼女は俺をみる。顔に出てないだろう。自嘲を込めて自分の顔をさわった。


「気を悪くさせて、すみません。俺、感情が顔に出ないんです。……声色では気持ちは出せるようになったのですが、何故か顔には出なく能面のようだと言われ。……そのせいで、人との交流がうまくできなく、こういう物言いをしてしまいます。……申し訳、ありません」


 言い訳がましく聞こえて嫌になる。けど、傷つけた分、優しくしたい。出来ることやれることをしてあげたい。


「できることはします。俺が嫌なら代わりの者を呼びに行きます。……泣き止めとは言いません。俺が泣かせてしまった責任はとらせてください。……どうか、貴女を救わせてください」


 彼女は黙る。嫌だっただろうか。不安になっていると、彼女は泣きながら口を開く。


「お願いです。どうか、私を救ってください」


 驚いた。嫌じゃなかったのようだ。ああ、よかった。言われて、俺は心の中で頷く。

 助けるよ、俺は貴女を。


「……ありがとうございます。誠心誠意貴女をお救いします」


 俺はひざまづいて頭を下げた。

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