第37話 僕に追いついた? ジャック達
しかしレイアのライブは不思議だ。
あの騒音まみれの空間を共有した奴らは、みんな熱烈なファンになっちまう。
フィーリでのライブは大成功に終わった。会場となった広場が埋まるほど客が集まったのだ。
あれほど好かれるっていうのはすげえもんだ。今度俺も最初から鑑賞してやろうと考えている。勿論最前線、スカート内絶対領域を隅々まで観察してやるぜ。
俺は朝からそんなことばかり考えながらカフェで朝飯を食っていた。今日はそれなりに足の速い馬を四頭調達して、いよいよリナリアとおまけのキーファを追いかける手筈だ。
すると今日も鼻歌まじりに軽ーい足取りでレイアがやってきた。もうちょっとテンションが上がったら、スキップでもするんじゃねえかっていうくらい明るさ全開なのだが、隣を歩くアナとの空気感が違いすぎて浮いてる。
うちのプリーストはかなり暗い顔になってやがる。まあ無理もねえよ。俺達の今後が不安なんだろう。
「ジャックー! おっはよー。ねえ見て見て! 港にあたし達宛のお手紙が届いてるよ」
「あん? 俺達にだと」
不思議なこともあるもんだ。行き先なんて知ってるのは少数だと思うんだが。しかも、ちょっとタイミングが合わなかったらそのまま受取人なしで戻ってきちまうってのに。
「あら、これはギルマスからですわね」
「ギルマス? あ! 知ってる! この前のライブで、すっごい楽しそうにしてた人でしょ」
「やれやれ。あのおっさんからか」
てっきり俺の女性ファンが、寂しさのあまり急いで手紙を書いたと思ったら違った。まあ、あのギルマスなら俺達の行動とかも読めるだろうしな。ご丁寧に四人分の手紙を書いてくれたらしい。
「わあー、ギルマスちゃんってば。すっごい長文で書いてる。でもあたし活字苦手だから、今度読もーっと」
レイアがサクッと手紙をカバンの中に入れちまった。ありゃきっと読まれずにいつかゴミ箱行きだぜ。
「あら? あなたはそんなに長文だったのですか。私はたった一言でしたわ」
「なんて書いてあったんだよ」
「幸運を祈る、と」
わざわざ手紙でそんなこと伝えなくてもいいだろうが。アホかあのおっさんは。もしかして俺達が心配だったのか?
まったく、素直じゃない親父だぜ。半ば呆れつつ、俺は自分宛ての手紙の封を切る。
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レイアちゃんに手を出したらブチ殺す。
それとお土産を忘れないように。
ウルフより
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「………」
なんて手紙だ。たった一行に半端じゃない殺意を感じる。ただ殺すって書いてんじゃなくて、ブチ殺すだからな。相当俺を警戒しているのが分かる。
というか、多分俺に釘を刺したいがために、急いで手紙なんぞ書いたんだろう。
「ねえ、ジャックにはどんなこと書いてくれてたの?」
「大方の察しはついてましてよ。汚らわしい本を買ってこいなどとおっしゃっているのでしょう。あのエロ親父は」
「ち、ちげえよ。まあ普通の内容だ、普通の」
正直、ちょっとドキッとした。アナの言葉はあながち間違いじゃないのだ。実はだが、あのおっさんがお土産を欲する場合、食い物だけでは満足しない。決まってエッチな本とかも買ってきてほしいとかほざくからな。
「あ! みんなここにいたんすか! もう準備できたっすよー」
カフェの静かな世界なんて全く気にしないとばかりに、ガリスが大声をあげながらやって来た。
「おし。じゃあお前ら、軽く飯を食ったら出発するとしようぜ。それとガリス、これはギルマスからの手紙だ」
「げ! あのマッチョなギルマスっすか。うわー、なんか嫌な予感しますけど」
ガリスはうんざりした顔になりつつも、さっと封を切って中に目を通す。
「ギルマスはあたし達のこと、すっごく心配してくれてるみたいだね」
「違いますよレイア。あの男は女冒険者をいやらしい目で見つめる下衆です。ジャックと同じくらいの下衆」
「一緒にすんじゃねえよ! 俺は女よりも冒険と平和を愛している」
目下狙い澄ましてる女がいる前で、ロクでもねーこと抜かすなアホプリーストが。なんてったって今度……俺は抱き枕になってやる約束してるんだからよ。
「おいガリス。なんて書いてあったんだよ」
「それが……お前は素晴らしい奴だった。お前はみんなの中で永遠に生き続けるって書いてます」
「勝手に殺してるな、それ」
「ガリス可哀想」
なんて酷い悪戯だよ。レイアは悲しそうに俯いてるじゃねえか。
「でその後なんすけど。今のは冗談だガッハッハ。戻ったらお金貸して、って……」
「最悪ですわ! お金の無心などと」
「ただでさえ苦しくなってるってのによ。もういい、行こうぜ」
レイア以外は金のことに敏感になっていたからな。なんといっても、最近ちゃんとした報酬が貰えてねえ。このままじゃヤバいって気がする。だが、リナリアさえ捕まえてしまえば一気に富裕層の仲間入り間違いなしだ。
俺たちはすぐに馬車屋に向かい、ガリスが見立てた馬四頭を買ってフィーリを出ることにした。
馬車屋っていうのは馬も売ってるんだ。もう使わなくなったら、他の町の馬車屋で売ればいいし。これなら歩きのキーファ達なんてすぐに追いつけるはずだ。西の都までは沢山の村があるらしいんだが、馬を貸してくれるような所はないらしい。
目的地も分かっているし、普通に向かっていれば追いつける。これなら絶対に成功すると、俺は馬を操りながら笑ってしまう。
入り口まではのんびりと歩いていたのだが、少々驚いたことがあった。レイアのファンどもがうようよと街道に押し寄せて手を振って来やがったんだ。まるで英雄を送るみたいに声援を送ってやがる。
「みんなー! またあたし、ここに来るねっ」
「「「うおおー! レイアちゃーん!!」」」
まったく。お前らときたらぞっこんじゃねえかよ。しかし、こう言うのは悪くないぜ。なんてったって、お前らが好きで堪らない女と、今度イチャつくのが確定してるんだからな。
さて、遊びはここまでだ。待ってろよリナリア。ぶっ飛ばすぞキーファ。俺は手綱を握り、力強く馬に命令する。
「行くぜ! 首を洗って待ってやがれ!」
実は今乗っている馬が白馬ということもあり、今日の俺はキマっている。これなら絶対に負けねえ。
俺たちはフィーリを出ると、できる限り馬を飛ばした。途中何度か村で休憩をしたが、ここからは絶対に時間を浪費したくなかった。
万が一であれ、キーファ達を西の都までに捕まえないと、いろいろと厄介なことになりそうだ。それだけは何としてもあっちゃいけない。
頭の中がお花畑なレイアを除き、他の二人は勝負時だってことをちゃんと理解していた。それから二日くらい経った昼、俺たちは森の中を馬で駆けていた。
正直、馬も乗っている俺達もかなり消耗している。最低限度しか休まず、ひたすらに走ってきたのだから無理もない。
「ねーえー。あたし疲れちゃったぁ」
「いいからついて来なさい。私達は急がなくてはならないのですよ。まったく、あなたのライブとやらがなければ、こんなに切羽詰まった事にならなかったのに」
「あたしのライブでみんなが幸せになるんだから、別にいいでしょ。あー! 分かっちゃった。アナってば、愛され放題のあたしに妬いてるんでしょー」
「……は?」
「お前ら! いいから黙ってついて来い」
愛され放題とか自分で言うな。まあ別にいいけどよ。アナは徐々にレイアへの不満が溜まっているようだし、なんとかしなくちゃな。しょうがねえ、今度俺がデートでもしてやるか。
「だ、旦那! なんかこの近く、揺れてませんか」
「ん? そうか?」
神経質と心配性の塊といってもいいガリスが、不安げに周囲を見渡してやがった。こいつはこいつで落ち着きがない。よくそんな気が小さくて冒険者がつとまるな。
などと考えていたが、確かに少し揺れているような気がする。これは地鳴りか?
「あ! ねえ見て見てっ。あそこに人がいるみたい」
いきなり馬を急かして隣に来たレイアが、まるでオモチャでも発見したみたいに喜んで指を刺した。いや、でも……そんな高い所に誰もいるわけが——
「はあ!? あ、あいつ……あいつはぁ! キーファじゃねえかよ!」
夢か幻か。いやいや、追いつけるはずだったんだから当然だが、俺はあのキーファの間抜け面を確かに見た。
奴は山の頂上付近にいるようだ。土でできた高台みたいなところで一人、何かやっているようだがよくは見えない。
「旦那! マジですぜ」
「リナリア嬢はどこですの?」
「分からん。恐らく奴の近くにいるだろうぜ。とうとうこの時が来た! お前ら、俺に続けぇ!!」
ここで一気に捕まえてやる。俺は意気揚々と手綱を操り、猛烈なスピードで駆け続けた。ガリス達も負けじと必死でついてくる。リナリアがいるはずなんだ。みんな自然と気合が入っていくのを感じる。
森の出口が見える。続いて少しの草原を駆け抜けた後、小さな山を駆け上がれば獲物はすぐそこだ。
てめえのおかげで苦労したぜ。今までの被った迷惑を百倍にして返してやる。それからリナリアも貰う。
とうとう森を抜けた。目的の山まではすぐそこだ。俺は思わず魂の咆哮を上げずにはいられなかった。
しかし、その時おかしなことが起こった。雲一つない青空に、七色に煌めく何かが見える。
そいつは誰の目にも分かるくらい、猛烈な勢いで大きさを増していく。
な、なんだ? まさかあれ……こっちに来てるのか?
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