第36話 ジャックとアレクの一勝負
「ジャック殿。もう一つ取り決めとして、魔法はなしにしませんか。純粋に剣の腕だけで稽古をしましょう」
「け! 失礼な真似しやがって。後悔すんなよてめえ。そこで待ってろや」
俺はアレクが投げてきた木剣を受け取り中央へと進もうとしたが、なぜかアナとガリスが止めてきた。レイアは妙に恍惚とした顔になってやがる。
「すごいすごいすごいー。なんかちょっとだけ、決闘っぽいね。あたしこういうの演劇でしか見たことない」
このアイドルには緊張感ってもんがないのかよ。
「旦那。アイツかなりやりますぜ。俺には分かるんすよ」
「魔法が使えないあなたの剣は、かなり力が落ちます。叩きのめされて終わりですわ。惨めな思いをする前に、やめたほうがよろしいかと」
「うるせえ。ここまで来て引けるわけねえだろ。でもなぁ、負けるのは嫌だな。確かによ」
そこで俺は一つの作戦が浮かぶ。すっとアナとガリス、それからレイアを側に集める。
「いいかお前ら。一見すればただの稽古だが、これはアルスターとフィーリの剣士同士の戦いだ。負けるわけにはいかねえんだよ」
「あなたが見栄を張っただけでしょう」
「うるせえ。アナ、こっそり俺に補助魔法をかけろ。レイアもだ、いいな」
「魔法使っちゃうの? ズルしちゃうんだぁー……ジャックってばいけない子だね」
レイアの奴めからかいやがって。
「うるせえ。俺は負けるのが嫌いなんだよ」
「あはは! あたしは別にオッケーだよ」
「はあ……またですか。まあ、別に構いませんけれど。今回で最後ですよ」
俺は仲間への指示を終え、ゆっくりとアレクの元へと向かった。しかしこいつ、騎士団長を務めるだけあって風格があるぜ。
「ただの稽古でしょうに。なんでしたら辞めても良いのですよ。キーファ殿は、あっさりと私から勝利しましたが」
「はあ!? 嘘だろ。くそ! やる……やってやらぁ」
キーファに勝てて、俺に勝てないはずはねえ。お互いに構えを取り、中央にいた騎士の合図を待つ。
「では勝負……始め!」
「うおおおおおおお!!」
開始と同時に俺は走る。しかし、アレクにではなく、奴を囲むようにぐるぐると周囲を駆け始めたのだ。
「……」
奴は木剣をぶらりと下げたまま動かない。もし向かってきても今は逃げるだけだ。アナとレイアの補助魔法が効いてくるまでは、こうやって凌ぐのさ。
しばらくして、ふわりと俺の体に黄色と赤のオーラが付与される。
「おおお! みなぎってきたぜえ!」
アレクは焦る素振りを見せないどころか、呆れたような顔で立ち尽くしていた。バカめ、その余裕がお前の命取りだ。
「だああ!」
丁度奴の背中に回り込んだ時、俺は思いきり突っ込んだ。
今、風の剣士ジャックが放つ渾身の一撃が鮮やかに——決まった……かと思われたが、アレクはなんと背中を向けたまま木剣を後ろに伸ばして防ぎやがった。
「あまりに分かりやすい殺気……ガッカリです」
「な! ぼへあ!?」
奴は振り向きざまに俺の木剣を弾き飛ばし、脳天に強烈な一撃を見舞いやがった。頭蓋骨が割れたんじゃねえかっていうくらいの、ドギツイ一撃を。
「ぐぬおお! 舐めんなやぁあ」
しかし、俺はこの程度じゃあ諦めない。その気高い精神のせいで、木刀の滅多打ちにあってしまったわけだが。
「ぐほああああ! あ……」
さて、ここからは俺は失神していたので、アナ達から聞いた話になる。
「魔法を使っていたな! この姑息な冒険者ども!」
「なにがアルスターじゃ負けなしだ! インチキだろうが!」
口々に罵りながら、騎士どもはなんと俺やアナ、ガリスとレイアに物を投げまくったらしいのだ。
「ちょ、おやめくださいまし! ぎゃあ!」
「いてててて! 痛い痛いっすうう」
「あーん! 酷いよー」
そしてなんと、城門から全員叩き出されるという最悪な退場となってしまう。なんてことしやがるんだ。
「あーん! 酷ーい。あたしってば何もしてないのに」
「神の使いである私に、なんという真似を! 死ねばいいのに」
「くうう! まさかSランクパーティに在籍してるのに、こんな目に遭うなんて。畜生っす!」
とかいうことをブーブー言いながら、白目を向いた俺をみんなは引きずっていったらしい。
◇
「なるほどな。事情は理解したぜ」
その後、とあるカフェで俺達は今後の作戦会議をすることになった。ちなみにこのイケてる顔は木刀で腫れ上がってしまっている。
「理解したぜ……ではありません! これからどうするのですか? 本来なら国王様の協力のもと、速やかに捜索が開始されているはずでしたのに!
国際問題に発展してしまったら、アルスターに帰った時罪に問われる可能性があるのですよ! 牢獄行きです、牢獄、」
「ま、まあまあ姉さん。旦那も目が覚めたばっかりで、そう一気に話をされても」
「黙りなさいガリス! 大体あなたもあなたで——」
ヒステリックなプリーストがキーキーうるさい。まあそこはガリスがなんとかしてくれるだろう、多分。
しかし、ヤバいことになってきたのは事実だ。もしこのまま手柄ひとつなくバロンやドラーガに報告することになれば、国際問題のことも踏まえてどんな処罰を受けるか分かったもんじゃねえ。
つまり俺たちは尻に火がついちまったんだ。
クソったれが! 俺もアナもガリスも、徐々に苛立ちが隠せなくなってきている。
「えへへへ。ねえみんな聞いて。実はあたしね、さっきリナリアちゃんとキーファ君が何処にいったのか知っちゃった」
「な、なんだと! 何処だ! 何処にいったんだ?」
突然の重大発言に俺とアナ、ガリスは目の色を変えた。いつもやけにちゃっかりしてるレイアの特性が、今回は良い方向に働いているらしい。
「うふふ! 実はねっ。あの人達は南の島、ポルカ島を目指しているらしいの。それでね、つい数日前この町を出て西に向かったんだって。しかも徒歩で」
「な……な……なんだとぉ!!」
「うるさいですわ!」
俺は怒りのあまり叫びかけたのだが、突然アナの杖が額に打ち込まれる。
「ぎゃあ! 何しやがんだこの腐れプリーストが」
「黙りなさい。いい加減にしないと天国に送りますよ。というか、何をそこまで騒ぐ必要があるのですか?」
「そりゃ騒ぐだろ! だってなぁ、南の島っていえば。なあ? ガリス」
「え? いや、急に振られても……なんかありましたっけ?」
こいつらはマジで分かってねえな。
「あー! あたし分かっちゃった。南の島っていったら、もうみんなハッピーな毎日してる人達ばっかりだもんね。ジャックってば嫉妬しちゃったんでしょ? かわいいっ」
「ちげーよ! 南の島っていったらビキニだ! 分かるか? 奴はあろうことか、アルスター随一の大貴族の令嬢を……ビキニ姿にした上でイチャイチャしようと画策してるんだよ!」
あの野郎、なんて羨ましい……いや、おぞましいことを考えていやがるんだ。
「まあ! 水着姿にさせて楽しもうだなんて、汚らわしい煩悩の塊ですわ」
「ああ! 全くだぜ。こうしちゃいられねえ。ポルカ島に行くなら西の都なはずだ。こっちは最短距離を馬で追うぞ! 見つけ次第拘束する。ついでにキーファの野郎はボッコボコだ!」
その後どうせだから南の島も行ってやる。キーファは縄で縛っておけばいいや。楽しい南国生活を満喫してから帰国する。完璧じゃねえか。
「決まりだね。でもちょっとだけここにいていい? あたしみんなの前でライブしてあげたいの」
すぐさま氷のようなアナの流し目が向けられる、なぜか俺に。遠回しに断れというサインだろうか。そんな目をしなくても却下するつもりだから安心しろや。
「あん? いやいや、ただでさえ俺達は遅れてんだからよ。急いで追いかけねえとまずいだろーが」
「ええー! やだやだー。もっとファンを増やしたいの。ねえお願い」
「ダメだ。お前はもっと一流冒険者としての自覚を持ってだな」
「ねえお願いー! お願い、お願い、お願い」
「レイア。旦那はストイックな人なんだ。諦めろ」
流石は付き合いの長いガリスだ。俺のことを理解してる。だがレイアは怯まない。すっと俺の耳元で、
「お願い聞いてくれたら……今度ジャックのことぉ、抱き枕にしちゃっても、いいかも」
などという驚くべき囁きをしてきやがったのだ。つい俺は横目であいつを見たんだが、またしても強烈なものが。
奴は上目遣いになりつつ、その瞳から涙が溢れそうになっていた。さらに目があったが最後、すぐ下にあるマシュマロまでもが視界に入ってしまう。
「と、思ったが。そういえばうちのパーティは少し資金繰りに苦しんでいたな。ま、まあライブの儲けは、俺達にも分け前をくれるんだろ? だったら一日くらいは許す。その後はすぐに出発だ!」
「やったー! ねえガリスとアナもいいでしょ?」
「えええ。いや、それは……旦那が言うなら」
「はぁー…………本当に寄り道ばかりですね。では私も少しだけ信仰を広めるとしましょうか。……なにが……なにが水着ですか」
アナの奴、ぶつくさ言ってるが水着に恨みでもあるのか。まあこいつの貧相な胸では——っと思っていたら睨みつけられたので、俺は慌てて視線を逸らした。
それにしてもキーファの野郎め。あいつがリナリアを連れ回すなんてしなければ、こんな事態にはならなかったんだぞ。俺は奴をとことんボッコボコにしてやることを決め、いろいろと準備を進めるのだった。
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