第35話 ジャックと王様と失言
いやー長かった長かった。
しかし、栄光への船旅だと思えばこのくらいどうってことねえぜ。
「わあああー! すっごい大きい港。あたしこんなに大きな港初めてかもー」
俺たちを乗せたグレイスの船は、約三日ほどかかってようやくフィーリの港に到着した。レイアは新しい大陸に来てテンションが爆上がりしているようで、船を降りてからも楽しそうにしてる。
「俺はフィーリには何度か来たことありますが、今日は随分と賑やかですね」
「あら、盗賊仕事でですか? 汚らわしい」
「い、いや。冒険者としてっすよ」
アナとガリスも満更ではないようで、どことなく浮かれた空気になっている。俺も気持ちはもうハッピー寸前だが、ここで気を抜くことは許されねえ。リナリアを捕まえるまでは、安心なんてできねえからな。
「とにかく、王子にもらった手紙を見せて王様に会いに行こうぜ。なにしろ貴族令嬢が来たんだ。動向くらいは知ってるだろうよ」
まずは王様に会って話を聞くべきだ、と像を壊した説教終わりにバロンも言ってたからな。とにかく俺達は城に向かうことにした。
◇
「なんと! あのドラーガ王子からの推薦とあれば大歓迎。ワシはクルーゼだ。こちらは騎士団長のアレク。宜しく頼むぞい」
「はっ! 王様自らのご挨拶をいただき、我ら一同光栄です」
俺たちはあっという間に大広間に連れて行かれ、なんと王様達と食事まですることになっちまったんだ。全くビックリしたもんだぜ。ガリスとアナ、レイアはそれぞれに挨拶を済ませた後は、猛烈な勢いで食い始めやがった。
ったく、もう少し気品を出せってんだよ。
「してお主達。人を探しているという話じゃったが」
「はい! セルフィール家の末娘である、リナリア様がこちらにやってきているという噂がありまして……」
「あ! リナリア嬢か」
おっと! これはこれは。まさに知っているとしか思えない反応をしたぜ王様が。
「ご存知のようですわね。私達はリナリア様を無事にお屋敷に戻っていただくため、こうして許可をいただきやってきた次第です」
俺の後に続くようにアナが説明をした。王様はすぐに首を縦に振る。
「ふむ! ようやく合点がいったわい。どこかで見た気がしておったんじゃ。のうアレクや」
「はい。やはり高貴な方だったのですね。実はリナリアさんはほんの数日前、我らがフィーリの危機をお救いになられた恩人の一人だったのです」
んん? 一体どういうことだ。
「えー! この国が危ない目に遭っていたんですかぁ? あたし達、全然聞いてなかったんですけど」
するとアレクとかいう野郎は、この国に湖の悪魔騎士とかいう巨大な魔物が襲いかかっていたという、信じ難い事件を語り出した。
しかし、その山みたいにでけえ魔物はリナリアとある魔法使いの活躍によって倒されてらしいのだが。説明を聞いていてどうにも引っかかる部分があった。まさかとは思うが、その魔法使いって——
「とても困難な戦いでしたが、リナリアさんと……魔法使いキーファ殿の活躍により、我々は滅亡の危機から救われたのです」
最後の一言が決めてとなり、俺とアナ、ガリスは一斉に顔を合わせた。
「ま、マジっすか。キーファの奴がっすか」
「信じられませんわ。一体どうして」
「あの野郎……」
王様は「む?」とナイフとフォークを止める。
「お主らはもしや、キーファ殿と知り合いかの?」
「はーい! 実はあたしが加入する前に、キーファ君はジャックのパーティで活動していたみたいなんですっ」
真っ先に事情を説明したのはなぜかレイアだ。すると王様とアレクって奴は大層驚いた顔になる。
「なんと! では我らの恩人の仲間というわけか」
「これは驚きました! まさかキーファ殿の仲間とは。彼はさぞかし活躍されていたことでしょう」
本当ならここで、そうですねー……とか返事しておけば良かったのかもしれないが、俺の腹わたは煮え繰り返っていた。
「あんの野郎……どこまでも俺の足を引っ張りやがって!」
と叫んでしまったのだ。この一言で和やかだった空気が少しずつ不穏になり始めた。反省はしている。
「活躍なんてとんでもない。アイツは俺のパーティでは役立たずでしたよ。ダセエ魔法でイキってるような奴です。全く使えません」
「そ、そうっす! 俺も邪魔だっていう印象しかなかったですね。しかし、フィーリまで来てるなんて」
「きっとリナリア様をたぶらかして、無理矢理連れ出しているに違いありませんわ。ああ汚らわしい男」
気がつけば俺を筆頭に、ガリスとアナは不満を爆発させていた。ちなみにレイアはと言うと、興味深げに話に聞き入っているようだ。
それにしても許せねえ。リナリアを連れ出していたのがアイツだとしたら、パーティを離れてからも迷惑かけまくってるじゃねえか。俺は奴がいかに使えない魔法使いであるかをアピールし続けた。
数分経って、喋るだけ喋ってスッキリしたと思っていた時、なぜか重々しい音が響く。それは王様が右手を思いきりテーブルに叩きつける音だった。
フィーリの国王クルーゼ。ぱっと見はかなり温厚そうなジジイという感じだが、怒っている時の顔はかなり怖い。
なんつーか、こんな顔した奴が近づいてきたら普通逃げちまうと思う。あのスキンヘッドギルマスに勝るとも劣らない強面顔になりやがった。
「失礼した。しかし……今日の料理はどうも不味いな。アレクよ、そうは思わんか?」
「はい。仰るとおりです」
おいおいおいおい。どうしちゃったんだよいきなり。なんか不適切な発言でもあったか?
まさかさっきのガリスか、それともアナの奴か。
「ジャックと申したな」
「は、はい」
こ、こええ! まさかとは思うが、処刑するぞとか言い出さないだろうな。
「それからお主ら。自らの元仲間に対して、随分と辛辣な言葉を投げかけるものよ。ワシはそういうものは好かぬ」
え、え? もしかしてキーファの文句がいけなかったってことか。どういうこったよ。
こりゃちょっと横暴じゃねえか。アイツが役立たずな上にこの後に及んでも足を引っ張ってるからいけないっていうのによ。
よっしゃ! 国王だろうが我慢ならねえ。俺がガツンと言ってやる。
「しかしながら王様。キーファの野郎は」
「黙れ」
「ひゃいい! すいません!」
ギロリとした人睨みで、俺は早々に戦意を喪失した。このオヤジ温厚そうに見えてマジ怖いんだが。
アナとガリスは泡を吹きそうなほど怯えてやがる。レイアの奴はキョトンとした顔だ。お前には緊張感というものがないんか。
スッと、王が立ち上がったので、俺たちは奴に釘付けになった。
「今回のことはアルスター王にも伝えておくとしよう。さて、アレクよ……彼らに城の中を案内してやれ。じっくりとな」
「はっ! では皆様、お食事が済んだご様子ですので、私がご案内させていただきます」
アレクとかいう騎士団長が道案内してくれるらしく、俺達はこの強烈な空気から解放されることになった。
助かったぜえええ。そそくさとみんなで広間を出て、廊下を歩き続ける。その間にも俺達は小声で話し合っていた。
「ちょっとジャック。一体どうしてくれたのですか。あのご様子ですと、アルスター王に我々の失礼を報告しようという流れでしたよ」
「つ、つまり俺達は、どうなっちゃうんすか」
「うるせえよガリス。ちょっとしたことだ。ちょっとした……国際問題だ」
「ええー。それって超やばくなーい?」
レイア、お前の頭の中はマジでお花畑か。ヤバイどころじゃねえんだよ。くそ! なんで俺達がこんな目に遭っちまうんだ。
だが落ち着け。国王に告げ口されるとはいえ、リナリアさえ連れて帰ってしまえばお釣りがくるってもんだ。考え事に没頭していた俺は、そういえば変なところに案内されていることに気づく。
なんだなんだ。この砂に囲まれた円形の場所は。まるでコロシアムじゃねえかよ。既にアルスターの騎士達が観客席に集まっているようだ。
アレクはコロシアムの真ん中に立ち、騎士から何かを受け取って振り返った。どうやら木剣みたいだが。
「ここは大昔にはコロシアムでしたが、今は我々の訓練場になっています。ところでジャック殿、剣には自信があるのでしたね」
「ま、まあ……俺はアルスターじゃ負けなしですよ」
「ほほう。では貴方を倒したなら、アルスターの剣士達に勝利したに等しいわけですね。一つ稽古でもいかがでしょう」
「え? いや、ちょっとそれは」
「おや? アルスターでは負けなしと仰いましたが……私との稽古はできないと」
こいつ、最初から俺をボコる気で誘い込みやがったな。あの王と同じく役者じゃねえかよ。もう頭に来た。やってやらあ。
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