第33話 魔族の不意打ち?
しばしの時間が流れて、とうとうクラレオン王子の魂は消え去り、悪魔騎士はただの瓦礫になった。
騎士の皆さんはボロボロだったけど、幸いにして戦死者はいない。僕としてはホッとしたが、アレクさんを始めとした騎士一同は沈んだ空気になっている。
「この度は……なんとお礼を申し上げたら」
「もう大丈夫ですよ。僕はただ自分が手伝いたかっただけなんです」
戦いに勝ったとは思えないほど暗い顔をしたアレクさんに、僕はただ笑いかけることしかできない。複雑な気持ちだとは思うのだけれど、後は彼らの心の中で解決すべきことなんだろう。
ちなみにリナリアはというと、いつものように大人しく僕の隣にいた。相当つかれているみたいで、放っておいたら立ったまま寝てしまいそうなふんわりとした顔になっている。
さて、後はただ帰るだけ……と思っていたが、まだやるべきことがあることに僕は気がついた。
「あ、そうだ! ちょっと用事があるので、アレクさん達は先に戻ってて下さい」
この後義理堅い団長さんは手伝うとか待つとか言ってくれて、かなり気を使われちゃったけど、僕は丁寧に断ることにした。
「……そうですか。くれぐれもお気をつけて。お帰りになりましたら、今回の件のお礼をさせてください」
僕はただ微笑を浮かべる。騎士達は負傷者が多い状況なので、一刻も早く帰ったほうがいいだろう。魔転移の扉前で彼らを見送り、リナリアと二人になる。
「リナリアも疲れただろ? 戻っててもいいのに」
「いえ。私はキーファさんのお手伝いがしたいのです。ところで、用事というのはなんでしょうか?」
その質問にはすぐには答えず、ただ残りの魔法水を飲み干す。ああ、それにしても面倒くさい。
正直なところ、この後にあったことは話す必要もないかもしれない。僕にとってもリナリアにとっても、まあオマケみたいな話ではある。
◇
魔転移の扉から少し離れた森で僕は足を止めた。リナリアもまた何かに気がついたのか、周囲を警戒しているようだ。
「地下で倒したと思ったけど……やっぱり生きていたんだ。ムリーロ」
振り返りながら僕はそいつに声をかける。今回の事件の元凶である魔族に。
「ほほう。まさか気づいておるとはな……」
森の中から姿を現したのは、先程地下で見たガラクタの中にあった一つ。そいつはもし人間であればガリガリに痩せた体に映るだろう。だが、目前にいるそれは肉がない、奇妙なつぎはぎの人形だ。
リナリアはぎょっとした顔で身構えている。まあ無理もないよね。こんなにヤバい風貌をしている奴はそういないだろうし。
「キーファさん。あの人形は?」
「ああ、ムリーロっていう魔族らしいよ。さっき会った」
「ムリーロ? あ、あのムリーロなのですか!?」
「うん。ここの地下で一度倒したけどね。まさかとは思ったけど……」
細長い人形もどきは、崩れた顔の片方だけにある目がギラギラと光っていた。顔はほとんど半壊しており、全てのパーツも穴が空いたりひび割れていたりで酷いものだ。
「クフォフォ! 驚いているようじゃなあ。このワシが生きていることが」
「魂を封じ込める術っていうのは、自分自身にも使えるわけか」
あの時、ムリーロを倒した際に妙な違和感があったことを覚えている。奴は死んだはずなのに魔力反応は微かに残っていたからだ。しかもあの体は生身ではなかった。
アレクさん達とやり合っていたムリーロはいつも笑っていた。しかし、実は笑った顔をした人形だった。無数の人形達にもオーブがくっついていたので、もしかしたらとあの時は思っていた。
でも明確にどことは分からず、その時は構っているわけにもいかなかった。だって悪魔騎士が地上で暴れていたからね。
「ほーう。分かっておるではないか。そのとおりよ。奴が生み出した人形は、何もあのデカブツだけではない。この人形はワシのお気に入りでな。新しい傑作が見つかるまでは、これを主に使うとしよう」
魔族の平均寿命は人間よりも長いとされるが、流石に三百年なんて年数を生きることはできない。しかし、奴が絡むとされる話は更に昔から存在している。
恐らくこの悪意だらけの男は、何度も魂を移して生きてきたんだろう。
「恐らく、倒されたら別の器に移動しているってことかな。人形から人形へ。そうやって数百年も生き続ける」
「そ……そんな。そんなことって」
銀髪が震えるほどリナリアは怖がっていた。確かに、気味が悪いどころの話じゃない。
「おお、おおお! よくまもまあ人間というもんは、ワシのことを知るのが好きなんじゃな。そのとおりだ。さて小僧、地下の続きをやるか?」
言うが早いか、ムリーロは右手を肩の高さに上げた。するとゆらりと魔法の力によって運ばれてきた他の人形達が現れ、地面に座りこんだ。
恐らく、クラレオン王子が作り上げた人形を総動員しているのだろう。
「さあ、今からワシの本当の恐ろしさを見せてくれようぞ」
ゾッとするような黒い光とともに、細長い歪な人形達が静かに立ち上がった。僕らは完全に周囲を包囲されている。人形達からは凄まじい魔力が発せられ、全員が魔法を放つ姿勢を取っている。
ムリーロは両手からダーク・ボールを作り出し、恐らくは一撃で仕留めるべく様子を伺っていた。
「ククク。この人形ども全てを使い、一気に灰に変えてくれようぞ」
リナリアは前に出て聖剣オロチを召喚した。今度は盾も構え、なんとかしようと必死なようだった。僕は静かに詠唱を始める。
「き、キーファさん。私が引きつけます。だから逃げて下さい」
「大丈夫だよリナリア。この勝負は、もう僕らの勝ちだから」
圧倒的なまでの魔力量の差。そして人形を使用しての数の有利性。包囲されている最悪な状況、だが、魔法の詠唱を早めるということはできない。僕は奴よりも詠唱自体は早かった。竜の杖で地面を叩き、魔法陣が一気に広がっていく。
「フハハハ! バカが。ダーク——」
「アース・ホール」
ヒューン! という音が四方から響く。僕はアース・ホールをいくつも同時に作り出し、一気に本体以外をはるか地下へと落とした。
「アース・リターン」
そして穴を元に戻す。魔法学園で習ったことがあるんだけど、魂を移す魔法は、大抵の場合距離が近いことが前提条件。地中深くに埋められてしまった多くの人形達と本体であるムリーロは、そんな芸当はとてもできないほど離れてしまった。
つまり、奴の魂は逃げ場を失ったということになる。
「……………は?」
「え、え?」
ムリーロは唖然としたまま、数秒ほど固まる。リナリアは落ち着きなく周囲をキョロキョロしていた。
「アース・ゴーレム」
続いて、僕は一体の大きなゴーレムを召喚する。混乱している人形の背後に。
「こ、このガキめがぁあ! このワシのスペアをぉおお!?」
奴は怒りのままに闇魔法ダーク・ボールを解き放とうとしたのだろう。でもそれをする前に動いてみた。
ガシ! という音とともに、ゴーレムがムリーロを羽交い締めにする。
「ぬぐ! 舐めおってからに。この程度で負けはせぬ! ワシは名声をあげて魔界の王となるのだぁあああ!!」
両手を塞がれたムリーロは、ダークボールを明後日の方向へ投げてしまった。その後もめちゃくちゃに魔法を連発していくが、背後にいるゴーレムにも、僕達にも当たらない。
魔界の王。それはムリーロが歴史の中で度々口にしてきた野望。僕ら人間には理解が及ばない話ではあったが、武功をあげて王になる、という話だとするならば、それはもう諦めたほうがいい。
「アース・ストーン」
恐らく奴は、三百年もかけてその座を狙い続けたのだろう。しかし、気が遠くなるほどの長い時間をかけても無理だった。
奴の魂が入っているオーブが赤々と光る。その必死の輝きは、僕が作り上げた大岩の影にゆっくりと呑まれていき、今度こそ終わりを迎えた。
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