第31話 悪魔騎士とリナリアと僕

 アレクさんは隣を走りながら、僕にこう言った。私が鍛えた騎士達は、そう簡単に死にはしないと。


 そして地下から這い上がった時、銀色の鎧に身を包んだ精鋭達は確かに生きていた。


 でももっと驚いたことがある。この島に魔転移してから一度も姿を見せなかった少女が、見るも巨大な大剣を振るいながら戦っていたからだ。


 激戦の地と僕らの距離は、そう遠くない。見上げんばかりに巨大な悪魔騎士は、ものの数秒あれば僕の頭上で足を振り上げて潰すこともできる。


 だがあの悲しい王子が宿った怪物は、ただ自分の周りを俊敏に飛び回る少女を狙っていた。しかし現実離れした巨大さを誇る斧をいかに振り回しても、リナリアには当たることがない。ギリギリのところで、彼女は必ず身を翻してかわし、隙を見出しては剣を振る。


 呆気に取られていたのは僕だけではなく、アレクさん達も同じだ。下手に手を出せば逆に足を引っ張ってしまう。


「キーファ殿。あの剣は一体……」

「リナリアは聖剣を召喚できるらしいんですが……あれも、かな」

「な、なんと!」


 僕も驚いている。目にも止まらぬ速さで、自分よりも大きな剣を振り回す女の子なんて見たことないよ。しかも、なんか生き生きしてるっていうか。この戦いをどこか楽しんでいるような姿に映った。まあ、これは単なる気のせいかもしれないけれど。


「はぁっ!」


 銀色の髪が空の上で舞う。回転しながら白く光る刃が、とうとう悪魔騎士の右腕を切り落とした。二の腕から先がなくなった巨大な怪物は、辛そうにうめき声を上げる。地鳴りとともに小手が落ちてバラバラになったが、中は空洞だった。


 奇妙な話だけど、あの鎧には痛覚がある。いや、痛みがあるような錯覚が生じるのかも。アレクさんは隣で額に汗を浮かべながらこの状況を見守っていた。彼にしてみれば複雑だろう。


 一気に状況はリナリアに傾いたかに思えた。しかしそれは楽観的な思考であって、より悪い方向に転がったことには誰も気がつかない。なくなった二の腕から、奇妙な霊体のような代わりの腕が生えてくるまでは。


 これは一人じゃやばいかも。僕は最後の魔法水を飲み干すと、瓶を捨てて歩き始めた。もう魔力は完全に戻っている。


「あ、あれは!? キーファ殿、あの腕はなんですか?」

「欠けた体を魂で補っているようです。あれも魔族が施した魔法ですよ。地獄の苦しみと引き換えに、いくらでも再生できるのでしょう」


 隣で歩くアレクさんと部下の横顔が、いっそう悲痛なものに変わる。悪魔騎士が咆哮を上げ続け、霊体と実態の狭間のような不確かな腕が、地上にいたリナリアを払うように飛ばした。


「あっ——」

「アース・ウォール」


 僕は彼女が飛ばされていく先に、四つほど柔らかい土の壁を作り出した。貫通するほどに衝撃が和らいでいき、最後の壁を破った時には多少転がる程度で済んでいる。


「みなさん、ちょっとだけ奴を惹きつけてもらえますか? 作戦会議してきます!」

「……承知!」


 アレクさん達はすぐに悪魔騎士を惹きつけるべく動き出した。ずっとリナリアを狙っているのかと思ったが、奴はなぜか狂ったように頭を抱えて叫んでいる。とにかく今がチャンスだ。


「リナリア!」

「う……あ。キーファ、さん」


 僕が駆けつけると、彼女は苦しみながらも起き上がる。その右手には、さっきの大きな剣がしっかりと握りられていた。


「どうしたのその剣!?」

「聖剣オロチの、別の姿です」

「え……変形? カッコイイじゃん!」

「え! そ、そうですか」

「ああ。君自身は、もっともっとカッコイイけどね」


 リナリアは目を丸くしていたけれど、僕はどうしても言いたかった。世界中の男子の憧れである聖剣を使えるなんて、なんて素晴らしいことなんだと。しかも変形するなんて、もうロマンが加速してやまない。他にもあるのか是非聞きたい。


 まあ、そんな悠長なことを言ってる状況じゃなかったんだけどね。頑張ってはいるけれど、騎士のみんなはもう限界をとうに超えている。急いで終わらせる必要があった。だからリナリアは歯を食いしばって立ち上がる。


「この島の地下にいたんだけど、いろいろ分かったことがあるんだ。奴には一つだけ弱点がある。体のどこかにオーブが埋め込まれているんだ。でも逆に、その弱点を突けないことには倒せないみたい。あんな風に変なのが生えてきちゃうから」

「オーブですか。分かりました。なんとかして見つけ出して、切ります」

「ただ、なかなか難しいな。あの動きだし。とにかく行こうか」


 ここまで来てなんだけど、正直みんなが無事に勝つ方法っていうのが思いつかなかった。しかし騎士のみんなは既に倒されるのが時間の問題。とにかくやるしかないと心に決める。


 この状況を打破する魔法、何かあったかな?


 そんな時、たった一つだけ浮かんだものがあった。僕にとっての奥の手。あれを使えばまあ十中八九、奴を倒すこと自体はできると思う。しかしあれはこの場では使えない。いや、使いたくない。


 ここに来るまでに二度、その魔法を使ったことはあった。一度目は小さい頃に、村を焼き払おうとした魔族の男に向かって、わけも分からず放ったらしい。二度目は魔法学園の頃。今度は意識して使ったはいいが、半分失敗したようなものだった。


 恐らくだが、あれを使ったらフィーリの騎士達と、リナリアを巻き添えにしてしまう可能性が高い。誰かの命を奪ってしまうことが目に見えている行為だった。でも、躊躇していたらこっちがやられそう。


 ふと隣を見ると、リナリアがいつになく凛々しい横顔で、体から光属性特有の黄金色のオーラを放出し始めていた。


「キーファさん。悪魔騎士の動きを止めてもらうことは可能ですか? 私の全力で、彼を倒します」


 ここにきて、殺されるかもっていう恐怖より、なぜかワクワクしてしまう自分がいた。聖剣を扱う資格がある人に頼まれるなんて、冒険者にとってこれ以上の名誉はない。


「できるよ。頼む」


 僕が返事をした時、花のように綺麗な横顔がふっと緩んだ。続いてだらりと前傾姿勢になる。


「ライト・ブースト」


 左手の細い指先がふらりとブーツに触れ、右足首付近から眩い光が現れる。彼女はそれを左の足首にも行う。


 僕は深呼吸を一つ。そして静かに詠唱を開始した。とはいっても一言二言程度の短い詠唱だ。呟く言葉は、恐らく稲妻のような速度で走り出したリナリアには聞こえていなかっただろう。

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