第30話 地属性魔法の罠

 まるで幽霊のような老人だと思った。

 長いローブが天井付近を舞い、両手から数多の魔法を繰り出している。


 闇、風、火、水というあらゆる属性の魔法が、地下広間に炸裂していた。黒く淀んだ玉が飛び交い、かわしたところに風の刃が斬りかかる。それすら避ければ今度は広範囲のフレイムが地面を踊り、上からは吹雪が押し寄せる。


 僕はとりあえずアース・ウォールで壁を作り、アレクさんともう一人の騎士を守りながら走っていた。的を絞らせると一気に攻めてくるので、少しでも動き続けることが重要だ。


 この老人は確かにできる。襲われておいてなんだけど、妙に感心してしまった。なぜかというと、属性の異なる魔法はそれぞれ詠唱文字が異なる。言語そのものが違うため、二属性以上の魔法を使用できる者はごく限られた人間しかいない。


 だから、四属性も扱えるということがどれ程のことか、痛いほど知識の違いを感じる。それぞれの属性では下級の魔法ではあるけれど。


 そして奴は魔力量も相当あるようで、使えなくなるのを待っていてもダメな気がした。


 僕はやられっぱなしではなく、隙をついてはアース・ストーンで反撃に出る。攻められている状況では大きなサイズは作れなかったので、小さなものを作っては飛ばしている。当然ムリーロはひらひらとかわしている。


「いやぁ愉快愉快。お主ら、なかなか逃げ回るのが上手ではないか」

「はあ……はあ! くそ」

「ぐあああああ!」


 アレクさんが息切れしてしているなか、部下の騎士がダーク・ボールに当たって悶絶していた。玉から発せられるエネルギーに侵食され、地面を転がって青い顔で倒れ込んだ。


「く! おのれ!」

「アレクさん! 下がって」


 僕はここで前に出る。ムリーロはこのチャンスを逃しはしないとばかりに、両手から渾身のダーク・ボールを作り上げている。さっきまでとは比較にならない魔力を感じる。掠っただけで魔力に乏しいアレクさんや騎士の人は死んでしまう恐れがあった。


「おやおや、わざわざやられに来よったか。これで終わりじゃぞ! グフフフ」

「周りを見ろ! 今のアンタだってやばいぞ!」

「なに?」


 禍々しいニヤケ面をした老人はふと周囲に視線を向け、数秒ほど固まった。奴の周りには今、多くのアース・ストーンが浮かんでいる。外した時に目立たない箇所で動きをとめ、奴を包囲することに成功したようだ。


「小賢しい真似をしおって! 死ね!」

「アース・ハンド……ダブル」


 奴の渾身の二連撃。ブラック・ボールは赤黒い雷を纏いながらこちらに迫ってくる。しかし、僕が作り上げたのは壁ではなく、巨大な両の手だった。


 両手が鬱陶しい虫を潰すように合わさって、黒い二つの玉を潰しにかかる。目の前で黒い雷が激しく飛び交っているなか、巨大な両手は抵抗しながらも崩壊していった。まあ、この地面では封殺するほどの素材にはなり得ないだろう。


「アース・ウォール」


 辛くも勢いが残った禍々しい黒。しかし、僕はもう次の手を打っている。続いて発生させた分厚い壁が、瀕死のブラック・ボールを正面から受け止めた。消えかけだった玉がとうとう煙となり、奴の全力は僕らに届く前に終わる。


「な、なんじゃと!?」


 老人が驚くのと、僕が周囲に浮かせていたアース・ストーンを一気に動かすのは同時だった。大小さまざまな岩が、怪しいローブの怪物めがけて飛びかかる。


「ふん! こんなものでワシがやられるか」


 僕は一点を狙っているわけではなかった。岩は老人の動きを読みながら飛ばしている。奴もまたこちらの動きを読み、少しずつ上に、天井へと空気のような体を退避させていく。


「バカめ! 貴様の考えなどお見通しじゃ!」

「アース・ハンド」


 老人は黒い巨大な影に覆われた。はっと振り返った時には、その細く軽い体を魔法で作った手が掴んでいる。


「ぐおお!? く! こんな、こんなもの……」

「アース・クロウ改」


 僕は地面に向かって杖を向け、青い衝撃波を生み出した。それは床を走り続け、壁を伝い勢いを増していく。やがて作り上げた大きな手に到達した時、僕は強く拳を握った。


 瞬間、天井付近で青い大爆発が起こった。僕はアレクさんと部下の騎士を庇うようにアースウォールを複数発生させる。


 アース・クロウ改の威力を若干抑えたため、ムリーロは即死することはなく、床に落ちて苦しそうに呻きながら、その命の終わりを悔しがっていた。こいつには聞くべきことが残っている。


「おの……れぇ。ワシが……ワシが……」


 そんな中、ハッとしたようにアレクさんが奴へ駆け寄り、ぐいっと胸ぐらを掴んだ。


「貴様! 王子を元に戻せ! 早く戻すのだ」

「ぐ、グフフフ。無理じゃよ、奴はもう戻れぬ。あのオーブに魂あるかぎり、えい……え……ん……」

「待て! 貴様、王子を、王子を!」


 まあ、確かに戻ることは無理だろうなとは僕も思っていた。

 あれは【ダーク・ソウルムーブ】と呼ばれる魂の移動魔法。魔法学園でも教科書に載っていたけれど、基本的には封じ込められた魂はもう戻らない。


 一度ソウルムーブでオーブに入った魂には、ほぼ二つの選択肢しかない。オーブが破壊されて魂が消滅するか、または他のオーブに魂が移るか。戻すことはできない。可哀想だなと思いつつ、僕は瓶に入った魔法水をガブガブ飲んだ。


 騎士さんはアレクさんが傷薬をあげたことで、どうにか動けるようになったようだ。なんか僕を見て目を白黒させてるみたい。


「あ、あれほどの魔法使いを圧倒するなんて。キーファ殿、あなたは一体」

「いえ。まあ、大体の魔法使いなら勝てると思います」


 戦ってみて分かったけど、奴の伝説には尾鰭や背鰭がついていたみたい。言い難いけど、フィーリは魔法使いのレベルが高いわけじゃないからね。僕はとりあえず魔力水を飲むことを再開した。


「ご謙遜を。キーファ殿は、私が見た魔法使いの中では群を抜いています。恐らくはアルスターでも一級の使い手だったのでしょう。フィーリでなら、王宮魔法使いの役職に就くことも可能ですよ。キーファ殿さえ良ければ……ご検討願えませんか」


 え!? 違いますよアレクさん。否定しようにも魔法水を飲み干すところだったので、上手くできないんだけど。


「勿体ないお誘いですね。と、とにかく上にいかなくちゃですね。アイツを倒すために」

「……しかし、私の中では迷いがあります。あの悪魔騎士は……王子さまで」


 アレクさんは顔を俯かせて、酷く落ち込んでいるようだった。それはそうかもしれない。かつて自分が小さい頃から世話をしていた王子様が、あの怪物だったのだから。


「悪魔騎士を倒さないと、もしかしたらこの先彼は何百年と、苦しい思いをしたまま暴れないといけないのかもしれませんよ。ここでやめますか?」


 騎士団長は僕の問いを受けて、微かに笑う。そしてゆっくりと首を横に振った。


「使命がありますから。それに、もう上の騎士達も危なくなっている頃でしょう。キーファ殿、どうか最後までお付き合いをお願いします」


 そうくると思ったし、そうでなきゃいけないんだろうね。僕はうなずきつつ地上へ向かうことにした。

 したんだけど……。


「どうされました?」

「いえ、何でもないです。行きましょう」


 アレクさんが心配する中、僕は苦笑いで応じた。ふとムリーロを見ると、奴は倒されてもなお笑ったままだ。この通路や広間には、多くの人形やガラクタが捨てられている。


 上手く言えないけれど、嫌な感じがする。僕は地上までの道を急いだ。

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