第27話 ジャックと王子と大失態

 堂々と正門から入ってきたそいつの周りには、これでもかっていう程大勢の兵士達がいる。


「これはこれは、ドラーガ様。ご連絡さえ下されば、相応のもてなしをしましたものを」

「うむ。リナリアのことが気になってな。突然の無礼を許してほしい」


 俺たちは慌ててひざまづいた。やべえやべえ! マジのアルスター第一王子じゃねえかよ。

 金髪長身の色男って感じで気に食わねえが、ここでそんな空気出したら殺されかねん。


「はい……ある日突然、部屋の壁をなぐ……ごほん! いつの間にやら部屋を抜け出ておりまして」

「そうか。彼女の身が心配だ」

「実は腕ききの冒険者に仕事を依頼しております。ここにおります剣士ジャック一行は、たった一年でSランクにまで上り詰めた優秀かつ、もっとも勢いのある方々です。すぐに見つけ出してくれるはずです」

「ほう。この者達が」


 疑惑ありありの目つきのドラーガに俺はイラついたが必死に堪える。するとまさかの一言が飛び出した。


「一年でSランクとは素晴らしい。リナリアを連れ戻してくれたなら、父上に君たちを紹介するとしよう。SSランクに上がる階段も用意してやる」

「は、はい! 必ずや速攻で、どこにいても連れてきます!」


 俺は即答した。少し前までの苛立ちなどどこへやら。ほぼ全ての冒険者にとって不可能に近いと言われる、SSランク昇格への道が貰える。完全に勝ち組確定じゃねえか。しかし、第一王子様はやはりなにか疑っている感じがする。


「しかし、危険な旅にはなりそうだが……」


 すると隣にいたプリースト、アナが涼しげな微笑を王子に向ける。


「ご心配には及びませんわ。私達には多くの経験があります。きっと見つけ出して、貴方様との感動の再会をお約束いたします」

「間違いありませんぜ王子様。人探しは経験ありますし、ちゃんと絵も貰ってますから」

「あたしと歳が近いみたいなんですっ。だからぁ、きっとどんな町に行きたいとか、こんなスイーツが食べたい、とか考えてることが似てるんじゃないかなって! きっと大丈夫ですっ」


 ガリスが続くようにアピールし、レイアが花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「心強いな。だが少しだけ、君達の腕前をみせてくれないか」


 このチャンスをみすみす捨てるような真似は許されない。一発デカい催しが必要とあっちゃ、リーダーが出るしかねえだろう。


「分かりました。この風の剣士、ジャックが一つ技をお見せしましょう」


 俺は立ち上がり、礼をしつつ王子に一枚のコインを握らせた。その後、誰もいない芝生の上まで歩みを進め、おもむろに背中に預けていた剣を抜く。


「そのコインを空高く飛ばしてみて下さい。空中でこの刃の錆に変えてみせましょう」


 それを聞いた王子やバロン、兵士達からどよめきの声が漏れる。普段のダンジョンではなかなか見せることができない力を、ここで発揮してやる時が来た。


 深呼吸を二回し、全身に流れる魔力を活性化させる。周囲を緑色の柔らかな風が吹き始め、俺という存在から重さを取り払っていくのだ。


「では見せてもらおう」


 王子がコインが空高く投げ、俺はタイミングを見計らって静かに腰を落とした。力強く足を踏みこみ、とっておきの風魔法を発動させる。


「エアー・ジャンプアップ」


 全身が突風に吹かれ、まるで紙よりも軽くなった体が空へと飛び上がる。あっという間にコインは目前。白銀の煌めきとともに一閃。二つになったコインはパラパラと地面に落下していく。


 この姿を見て、ドラーガは満足げにうなづいた。バロンはいささか神妙な顔つきで眺めていたが、やがて微笑を浮かべる。同時に他の連中も拍手で俺を迎えた。


「流石の剣技ですな。ただ、風魔法の使い手としては、少しばかり飛距離が足りなかったようにも思えましたが」


 あ? なんだとバロン。この俺の魔法に飛距離が足りないだと?

 このタヌキ貴族が。


「ではバロン様。今度は更なる跳躍をご覧にいれましょうか。次はあそこで飛んでいるカラスを一羽、真っ二つにしてみせましょう」


 おお! と周囲がどよめく。するとガリスとアナがそそくさと俺のところにやってきて、王子達から距離を置くように引っ張ってくる。


「ちょっと待って下さいよ旦那。いくらなんでも無茶では?」

「行けるわけないでしょう流石に。十分力は見せましたよね?」


 小声の二人に俺は失笑を漏らした。ちなみにレイアはというと、


「すっごーい! ねえやってやって! ジャックのカッコイイところ見せてっ」


 てな具合でノリノリになっていやがる。こういう黄色い声援ってやつがいいんだよ。俺は小声で二人を安心させるように言った。


「どうってことねえよ。だが万が一っていうミスはあるかもしれねえな。よし、アナよ。お前の補助魔法を俺にかけろ」

「そこまでの真似は初めてではないですか? 危険ですわ」

「問題ねえ! 俺が風魔法を発現させたらすぐにやってくれ。こっそりとな」


 アナは不安そうだったが、この程度の即興は朝飯前だっつうの。


「さあ皆さん。この剣士ジャックの秘技、とくとご覧ください」


 まずは礼儀正しく一礼をし、その後は雄々しさを全開にして詠唱を始める。ククク! みんなが俺に注目してやがるぜ。高揚感が湧くなか、風魔法はいつも以上に激しく舞い上がり始めた。魔力だって絶好調だ。


 すると、明らかに緑の風の中に黄色い光が触れてきたのが分かった。アナがバレないように、効果をアップさせる補助魔法をかけたようだ。


 カラスは「かあー、かあー」とマヌケな声を出しながら空高く舞っている。まさか自分を狙っているとは夢にも思うまい。


「今だ!」


 カラスの黒い体毛と太陽が重なった時、俺は一気に飛び上がった。ジャンプアップの効果たるや凄まじく、勢いがつき過ぎて体がくるくると回転してしまうほど。はは……しかしこの程度なら想定内、瞬時に接近してくる俺に気がついたカラスだがもう遅い。


 白刃が光り、小さな体が真っ二つに——なるかと思った矢先、奴がひらりと身をかわした。


「え?」


 俺の体はなおもぐんぐん上昇していく。雲にすらたどり着くのではという異様な高さになったところで、静かに落下が始まる。


「あ、あああああ! ま、まずい!? これはぁー!」


 風に流され続け、このままでは遥か彼方へと行ってしまう。だが俺は風魔法の使い手だ。


「エアー・チェンジぃいい!」


 強制的に風向きを変える魔法によって、どうにか最悪の事態を免れる。よし、カッコ悪い結果になってしまったがこのまま風魔法で勢いを殺しつつ着地するぞ。


「エアー・ブレイキぃぃいいー!」


 猛烈な勢いが収まっていき、ゆったりとした流れに変わる。このまま庭に着地してことなきを得そうだ。

 ああ良かった良かった……と、安心していたのだが。


「え? あれって確か、セルフィールの像……像にぃいいい!? ああああああ——」


 屋根上に勇ましく飾られていたセルフィールの像に、俺は正面から激突した。


「へぶ!?」


 しかも、ビキビキとした嫌な音とともに、像は俺と一緒になって庭に落ちてしまったのである。


「き、貴様!? 我が家の象徴に何をしておるかー!」


 とバロンが激怒したそうだが俺はよく覚えていない。庭に倒れた時にはすでに気絶していたからだ。


 その後は猛烈な怒りの抗議を受けて、あわや犯罪者扱いだったが、他に依頼者がいなかったのでなんとか許してもらえた。


 ちくしょう! 散々だったが、リナリアさえ連れて帰れば一気に評価は逆転だ。踏んだり蹴ったりだったが、とにかく俺達はフィーリに向かうことになったわけだ。

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