第26話 ジャックと貴族邸

 とうとう俺は、願ってもない大口案件の依頼を受けることになった。


 まるで牧場一つ買って作ったかと思うくらい広い庭。百人くらい余裕で生活できそうなくらいデカい屋敷。


 俺たち四人はその正門前で、ちっとばかし呆然としながらメイドが来るのを待っていた。


 ガリスが汗をハンカチで拭いながら、チラチラとこちらの様子を伺う。


「すっげえ! マジすっげえすよジャックさん。ここって確か、町一番の大貴族の屋敷っすよね」

「ああ。今日の依頼主は大物だぜ。失礼のないようにな」


 盗賊兼戦士の男は、すでに卒倒しそうになってやがる。まったく肝っ玉が小せえ奴だ。それに引き換え、アナとレイアはちっとばかし興奮してやがる。


「いよいよ私達も、名のある貴族から仕事を任されるようになったのですね。たった一年でこの成り上がりとは、見事なものではありませんか?」

「すごいすごーい! 本当に、ジャックさんのパーティに入れて良かったっ」

「ふっ。あんまりはしゃぐなよお前ら。おっと、案内役が来たようだぜ」


 なにもここまで高くすることないだろうに、とケチをつけそうになるほど大きな玄関扉が開かれ、メイド達が並んで俺たちを案内してくれた。


 まっすぐな道の両端に、貴族家お抱えの兵士どもが並んでる。こいつらじゃなくて、メイドに囲まれたかったんだよなぁ俺は。なんて考え事をしながら歩くこと数分、やっとのことで屋敷の玄関にたどり着いた。


 だが、目的の相手は屋敷の中にはいなかったんだ。庭にいくつもあるガーデンパラソルから、一人の男がやってくる。


「おっと。君達がSランクパーティの御一行だね」

「はい。あなたは?」

「申し遅れてすまない。ワシがこの屋敷の主人であり、君達に仕事を頼んだバロンだ。今庭でランチをしていたところなんだが、良ければ一緒にどうかね?」


 これに食いついたのはレイアだった。


「やったぁああ! バロン様とお食事ができるなんて夢みたい。ねえジャック、いいでしょ?」


 丸い瞳をキラキラさせながら、両手を頬に当てて喜びを全快にさせてやがる。俺は少しばかり呆れたような仕草をしつつ、首を縦に振った。


「ありがとうございます。レイア、失礼のないようにしろよ」

「ではこちらに来てほしい。今日は妻だけだがね」


 案内された場所に行くと、奥さんが五メートル×五メートルくらいのデカい大型パラソルの下で食事をしている。その中に俺たちみたいな荒くれ者が混ざるなんて、人生っていうのは分からねえもんだ。


 メイド達が忙しなく動き回りながら高級料理を運んでくる。俺はステーキに被りつきながら、バロンが話を切り出すのを待っていたが、そこまでが長くてまいったぜ。


 ずっと気候が変わってきたとか、花がどうしたとか、紅茶やコーヒーは何が好きなんだとか、しょーもない世間話に興じるわけだ。


 俺は曖昧に作り笑いをしていたが、心の中では苛立ちが募っていた。さっさと本題に入れやボケ! と喉まで出かかったほどだ。


「ふむ。君達は話が分かるようだね。このアルスターにおいて、平和を象徴する我々セルフィール家は重要な役割をになっている。武力などは一才見せない、平和の象徴としての役割だよ。屋根にある像は、我が家系の魂と表現しても過言ではない」


 そういえばだが、青い屋根の上に金で作ったような像が置かれていた。パッと見た感じ鳩をでっかくしたような鳥だ。ヤベエくらい凶暴なモンスターに似たようなのがいたな。


「す、素晴らしいと思います。あの像を見ると感じいるところがありますよ。優雅で繊細で、と、とにかく最高っす」


 ガリスが震えながらどうにか返事をしてみせた。何言ってんだこいつ。


「ほほう、理解できるかね。我々には武力としての姿は決してあってはならないのだよ。ワシは我が家系の者が武器を手に取ることを厳しく禁じている」

「理想の世界ですわね。まったく同感です」


 アナが心にもない相槌をうってやがる。普段から死ね、死ねと連呼しながらあらゆるものを戦いで解決しそうとする野蛮な聖職者のくせに。そう心から思っているなら、この前モーニングスターを振り回すのに失敗して、俺の後頭部にぶち当てたりするかってんだ。


「ねーえバロンさま。そろそろ、あたし達に何をお願いしたいのか、教えてくれませんか?」


 舌ったらずな声でレイアが尋ねる。そうだ早く言え。


「おっと。これは申し訳ない。君達に是非にとお願いしたいことがあったと言うのに、私は回り道ばかりして困るな。頼みというのはだね。ワシらの末娘のことなのだ」


 そう言いながら、奴は上着のポケットから小さな絵が描かれた紙を取り出し、テーブルの前に置いた。


「ひゅう! あ、すいません」


 いけね、つい声を出しちまったわ。だってこの女、絵が実物どおりなら相当可愛いぜ。


 銀髪は絵画に出てくる妖精や天使よりも透き通ってるし、肌は新雪みたいに白く、青い目はどっかでみた宝石のようだった。青いドレスがまた似合っていて、細身だけどけっこう……どことは言わんが膨らんでると思われる。若干分かりにくくなっているが、俺はその点はすぐに見抜く自信がある。


 すると、今まで俺たちとは一言も口を聞かなかったバロンの奥さんが、ハンカチ片手に泣き始めた。


「リナリア・セルフィール。可愛い私の娘です。本当ならば今頃、第一王子ドラーガ様と婚約していたというのに」


 マジか! 第一王子と結婚なんて人生の勝ち組じゃん。


「凄いじゃないですか。ちなみにリナリア様は、今どちらに?」


 こうしちゃいられん。早く実際のリナリアとかいう女を見てみたい。しかし、夫人は辛そうに首を横に振る。


「家出してしまいましたの。どうして……王子様との結婚なんて、これ以上の幸せはないのに」


 はあ? なんで家出するんだよ。勿体無いどころじゃねえぞ。俺たちは自然と顔を見合わせていた。


「ワシ達からの頼みは一つだ。リナリアを見つけて、ここに連れ戻してほしい。報酬は金貨四十枚とお伝えしていたが、足りぬとあれば百枚出そう、いやそれ以上でもかまわない」

「き、金貨百枚っすか!?」


 金貨は四十枚って話だったのに、百枚だって?

 ガリスの声が裏返るのも無理はねえ。だが俺は少しもったいつけるように空を眺めた。


「頼めるかね? 実はねジャック君。ドラーガ王子も捜索に力を貸していただいているんだ。彼は先月リナリアに会ってから、ずっと手紙を下さっている」


 王子様も必死ってわけか。俺はまだ冷静を装う。しかし、もう答えは決まりだ。


「アルスターの王子様の願い、そしてセルフィール家当主の願いとあっては、受けないわけにはいきません。必ずや、お嬢様をここにお連れすることを約束しましょう」

「おお、おおお! ありがとうジャック君。実はな、連れ戻すことまではできなかったが、ある船に乗ったことまでは分かっておるのだ。フィーリ行きの船に娘は乗船していた」


 俺はみんなを一瞥した後、スッと立ち上がる。


「では、早速行くとしましょうか。みんな、気合い入れろよ」

「へ、へい!」

「必ずや、セルフィール家のために。尽力致しますわ」

「頑張りまーす!」


 やった! と心の中で俺は叫んだ。今回の依頼さえ成功すれば、俺達はSSランクの冒険者に出世できるかもしれない。そんな浮かれ気分でさあ帰ろう、というところだった。


「バロン、今日は随分と賑やかではないか」


 いかにも金持ちって感じ全開の男が、俺達の前に現れやがった。

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