第25話 操る者

 ムリーロという魔族は様々な戦乱の中に現れ、人類を混乱の渦に陥れる存在だと言われている。


 いわく三百年前から暗躍していたとか、もっと昔からいるとか様々な説があった。


 天井付近をひらひらと舞うあいつが嘘を言っていないとしたら、議論の余地もなくはるかに格上の存在だ。僕は杖を構えて奴の出方をうかがっていた。


 しかし、なんでこいつはここに?


「一体なぜワシがここにいるか、知りたいようだな」


 僕は一瞬頭の中が真っ白になった。まるで心の中を読まれたみたいだ。アレクさんと部下の騎士も剣を構えながら、驚きで固まっている。


「ククク。ワシは人の心が読めるのだ。しかし、ワシがいる理由は自ずと知るであろう。そこな騎士の男よ。お主が大層気にかけておったあの王子の末路……知りたいかね?」

「やはり王子に何かしたのだな。言え! あのお方に何をしたのだ!」


 薄暗くて分かりにくいが、ムリーロは笑いを堪えるのに必死なようだった。いや、その顔は常に笑っているような気がする。細いローブから伸びた枯れ枝のような手で口元を押さえている。


 やがて落ち着くと、奴は両手を広げ大袈裟に自らをアピールした。まるでコウモリが羽を広げたみたいだ。


「お主らの目を盗み、あの腑抜けに近づくなど簡単なことよ。ワシはなぁ、汚れきった人間の心を喰うことが何より好きなのじゃ。あいつの悪意はまことに新鮮であったぞ。ワシは奴にこの島に住んでいた住民であるといい、暇潰しの相手として常に寄り添った。そして耳元で憎しみの種を撒き続ける。国王への復讐心は少しずつ育ち、それはもう新鮮な果実のような殺意へと成長し、いつしか燃えたぎる怨念へと変わり、とうとう完全に正気を失った頃……」


 老人はその細い人差し指を、すぐ近くにある天井に立てて見せる。


「我が術により、自らが作り上げた巨大な人形に魂を閉じ込められたというわけよ」


 巨大な人形といえば、僕の脳裏に浮かんだのは悪魔騎士だった。どうやらそれはアレクさん達も同じだったようで、剣を持つ手がわなわなと震えている。


「で、では……あの悪魔騎士には、王子の魂が宿っていると言うのか。う、嘘だ! デタラメを申すな!」

「嘘ではない。殺したいという願望だけになった奴めをつまらぬ肉体から開放し、取り出した魂を放り込んだというだけの話だが」


 嫌な話の最中に、ふと思い出したことがある。この老人が語っているのは、いつか聞いたことがある術だった。同時に、ここのフロアや地下の通路に捨てられていた無数の人形も頭を過ぎる。


「たしか闇属性の魔法だよね。魔力が込められたオーブの中に魂を放り込み、オーブに繋がっている物だけを自由に動かすことができる。つまりあの悪魔騎士には核となるオーブが存在しているってことか」


 いやらしい笑みがますます濃くなっていく。ムリーロは人の魂を好き放題に弄んだことが、楽しくてしょうがないらしい。


「そうだ! ワシの最高傑作じゃよ。ほれ、また殺したがってる」


 奴の声と同じタイミングで、上の方から大きな縦揺れが起こった。もしかして、悪魔騎士が出てきたのか。


「奴はワシのことすら覚えておらぬ。アレク、貴様のことも既に忘れておろう。あるのはフィーリを徹底的に蹂躙したいという目的だけよ。今回の成功はワシにとって、多くの成果をもたらした。大収穫と称しても良い。次は——」

「次はない」


 僕はもう聞いてられなかった。結局のところ退屈な話としか思わなかったし、アレクさんのように王子に対して強い執着があるわけでもない。


 ただ、ここで薄気味悪くただよう魔族だけは始末しなければならないと、それだけを考えていた。


「アンタはここで終わりだ。僕らが終わらせる。そうですよね、アレクさん」

「……おっしゃるとおりです。しかし、早く上に戻らなければ部下達や、リリーナさんが」

「すぐ終わらせますよ。その後急いで行きましょう」


 ふっと、青白く漂う魔族が気配を変えた。さっきまでまるで相手にしていなかった僕を凝視している。


「面白いことを抜かす子じゃな。余程恐怖というものを知らぬと見える」


 ムリーロは両手を広げ、ぶつぶつと何かを呟き始める。恐らくは闇属性の魔法か。話しは終わり、後はただ命を奪い合うのみ。


「行くぞ! ムリーロ!」


 騎士らしく、正々堂々とアレクさんは正面から駆ける。彼に続くように部下の騎士もまた走り出した。しかし、奴は僕らが背伸びをしても到底剣が届く位置にいない。


 ……でも、彼には風魔法があった。


「エアー・ジャンプアップ」


 ジャンプ力を上げる風魔法を付与し勢いよく飛ぶ。更に壁を蹴ることで高く舞い上がったアレクさんの剣は、想像していたよりもずっと高く、素早く奇妙な老人へ迫る。以前僕と試し稽古をした時より速い気がする。


「覚悟!」


 見事すぎる一撃だった。白銀の剣が綺麗にローブの上から首筋を捉え、斜めに走っていったのが遠間からでも分かる。


 だが、最初に違和感を覚えたのは他ならぬアレクさん自身だった。


「なんだと?」

「クハハハァ! 惜しい、惜しいぞ」


 確実に捉えたはずの刃に触れたローブが、風に吹かれる草のようにしなっただけだった。まるで空に浮かぶ紙を切りつけたような、重さを感じさせない動きだ。


 僕はすぐに詠唱を開始する。続いてアレクさんの部下が同じように飛び切りを見舞おうとするが、もう結果は見えている。


「お前はつまらぬ」

「ぐあっ!?」


 老人のビンタのような軽い人叩き、しかしその威力は遠目に見ても明らかで、騎士の人は加速しながら床に叩きつけられてしまう。


「グレイ! おのれ!」


 アレクさんは先程のように跳躍をするべく助走を始める。しかし、ここでムリーロは彼に向けて、異様に細長い右手を広げながら叫んだ。


「フリィズバレット」


 氷魔法か。予想外のカウンターが正面から放たれ、騎士団長は咄嗟に盾で防御をする。しかし、氷の玉がいくつも突き刺さるように当たり、盾で防ぎきれない破片が全身を痛めつけていた。このまま続けられれば命に関わる気がする。


 同じようにムリーロはグレイと呼ばれた騎士にも左手で氷魔法を放っている。


「アース・ウォール」


 これ以上やらせるわけにはいかない。僕は作り上げた壁を二人の前に出し、若干しなるように形を変えた。完全に壁によって魔法は遮られ、二人は致命傷を免れたようだ。


「ふむ? どうした少年。お主、随分と変わった魔法を使いよるのう」

「地属性魔法だよ。それより、次はこっちの番だ」

「クックク! なにを生意気な」


 奴は闇属性でありながら、氷属性の魔法も使えるらしい。もしかしたら他の魔法も?

 だとしたら、たしかに恐ろしい魔族という評価は間違っていない。


 でも、この場所で戦いを続けるなら、勝機はあると僕は思っていた。

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