第24話 地下へと続く道

 3月28日部分を読んでいる際に気がついたのだけど、なにか奇妙な模様がいくつか透けて見えていた。


 ページをめくった先にあったのは赤い斑点。一面についていて、もしかして血の跡ではないかと想像してしまう。


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 フィーリ歴1103年5月2日

 僕はまた騙された。

 彼は平和の使者でも、兄を批判する革命派でもなかった。

 奴は魔の使いであり、僕が作り上げた傑作の数々を、ただ利用することしか考えていなかった。もはや手遅れとなった今になって気がついた。

 こうしてはいられない。この場にいたら僕自身ですらなに

 ここから早くにげ


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 どうやら途中で書くのをやめてしまったらしい。終始綺麗な字で書かれていたこの日記だが、最後のほうはまるで別人が書いたかのように汚くなっていた。


 もしかしたらこの人は、日記を書いている最中に襲われた?

 しかし、最後のほうに出てきた『彼』とは一体誰のことなんだろう。


 そんなことを考え込んでいると、不意に玄関の扉が開いた。


「キーファ殿! ご無事でしたか!」

「ひええ!?」


 突然だったので死ぬほどビックリしてしまう。そこには息を切らしながら青い顔を浮かべるアレクさんと、騎士団の皆さんの姿が。


「はい。リナ——リリーナを見ませんでしたか?」

「いえ。残念ながら、まだお会いできていません。……どうやら、日記を読まれていたようですね」


 アレクさんは少し顔を俯かせて呟くように言った。


「すみません。情報を集めたかったもので、つい。この日記の主は誰なんですか? 差し支えなければ教えて下さい。あの悪魔騎士と関係があるようですが」


 僕はもう日記の主については分かっていたが、不躾な質問がさらに酷くなってしまうので、あえて遠回しな聞き方にした。


「……はい。もはやここまで来たら隠し立てはできませんな。ここに幽閉されていたのは、我らが国王の弟であるクラレオン様です」


 それからアレクさんは、国王と弟との関係や、どうして彼が幽閉されてしまったのかを説明してくれた。大まかな流れとしては日記に書いてあったとおりであり、弟は権力を欲した挙句、兄を罠にはめて殺そうとしたらしい。


 しかし彼の策略はバレてしまい、隠れて行っていた悪行も全て表沙汰となり、処刑を余儀なくされる。だが、国王は自らを裏切ったにもかかわらず、弟のことをどうしても殺せずにいたのだという。


 でも外には出せないので、しばしの間幽閉しようと考えていたのだとか。


「極秘で王子の警護をしておりましたし、特に不審なものはありませんでした。しかし、我らの目をも盗み、王子と接触を図っていた魔族がいたのです」

「それが、この日記にある『彼』なんですか」

「ええ。ある日家にお伺いした時、王子は物言わぬ遺体となっておりました。あの時の私達がどれほど動揺したことかは想像に難くないでしょう。初めは自殺かと思われましたが、どうも不自然で。外傷が一切なかったのです。不審に思った私が日記を拝見したところ、誰かと密会していることに気がつきました」


 変な話だと思う。常に警備の人はいたはずなのに、気づかずに接近なんてできるのだろうか。


「本格的な調査を行うため、我々は一度は王子の遺体とともにこの島から引き上げました。その数日後からです。あの怪物が姿を現したのは」

「じゃあ、あの悪魔騎士は王子を殺した奴——」


 その時だった。巨大な地鳴りのような何かが発生し、僕らは一瞬立っていられなくなりしゃがみ込んでしまう。


「悪魔騎士か!」


 僕はすぐに立ち上がって玄関の扉を開けて外に出る。すると、島の中央付近にある墓場に地割れのような何かが発生していた。


 近づいてみると、地下への巨大な階段みたいだった。あまりにも大きく、巨人のために作ったのではないかと錯覚するほど。いや、実際にそうなのかも。


「こ、これは……。初めて見るものです。一体」


 アレクさんが息を呑んでいる。他の騎士たちも明らかに動揺していた。僕は周囲を観察しながら、静かに階段を降りてみる。


「キーファ殿! これは罠かもしれません!」


 アレクさんの必死の声に、僕は苦笑いしつつ頭を掻いた。その可能性は十分にある。


「でも、行ってみようかなって。悪魔騎士がいたとして、多少は弱っているから今がチャンスだと思います。それに、ここを逃したら次回はもっと厄介な手を使ってくるかもしれません」

「……」


 騎士達は迷っているようで、冷静な団長もまた例外ではなかった。でもアレクさんは深呼吸を一つしてから、自ら階段を降り始める。


「勇敢な方ですね。承知しました。三名はここに残れ! 砂時計を置いておく。この砂が降りきっても戻らなければ、外の者達に連絡せよ」

「は、はい!」


 アレクさんに命令された騎士の慌てた返事を聞きながら、少しずつ階段を降りていく。僕とアレクさんと騎士一人。数にして三名ほどになってしまったが、接近戦が苦手な魔法使いにはありがたい。


 暗い通路を歩くたびに、自分の足音がやけに響いた。単なる地下洞窟という感じに見えるけど、僕が経験したダンジョンよりもとにかく広い。ただ、道はひたすらに一直線だった。


 しばらく歩いた先で、なにか気配を感じる。警戒しつつ杖を構えたが、襲ってくる気配はない。


「まさかこのような寂れた島に、お客人が来ようとは」


 かなり歳を取っている男の声だ。真っ先に反応したのはアレクさんだった。


「誰か! 姿を現せ!」

「もう少しだけ辛抱して進め……ちょうど退屈しておったところよ」


 陰湿な通路の奥に一つの部屋がある。暗くて非常に分かり難かったけれど、奥にはうっすらとした光が見える。か細い光は壁にかけられた蝋燭によるものらしく、僕らはただただ謎の声に従い中に入った。


 部屋は円状に広がっていて、そこかしこに人形の山がある。正直言ってめちゃくちゃ不気味なんだけど。鉄臭い匂いが充満しているような部屋の中で、さっきの声が鮮明に響いた。


「よく来たのう。あの王子の部下どもか?」


 僕は咄嗟に上に視線を向ける。ゆらゆらと、まるで流れる雲のような何かがそこにいた。よく見るとそれは奇妙な黒いローブをはためかせる、青白い顔をした老人だった。空中に浮遊しながら、僕らを卑しい笑みとともに見下ろしている。


「僕は部下ではないよ。魔法使いキーファだ。あんたは誰だ?」


 ゆらゆらと紫色のローブを揺らしながら、まるで半分幽霊になったような老人。でもこの姿、どこかで見たことがあるような?


「フォフォ! ワシは魔族の一員であり百術の使い手……ムリーロよ」

「ば、馬鹿な!? 貴様があの……」


 アレクさんが驚きの声を挙げて剣を構えているなか、僕は彼が魔法学園で昔習った、有名な魔族であることを思い出していた。


 こいつはいろんな意味で有名な魔族のはず、なんだけど……。

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