第23話 魔界の島と日記

「気持ち悪い」


 思わず呟いてしまうほど、魔転移の扉の移動空間は酷かった。


 大抵の場合こういう空間って、直線上の通路みたいなところを吸い寄せられるように進むんだけど、今回は先が全く見えなくて、上下左右に揺さぶられながら進んでいたんだ。これは人によっては相当辛いと思う。


 だんだんと船酔いとかに近い感覚になってきてる。でも、本当に体調が厳しくなる前に変化が起こった。いつの間にか白い光が見えて、そこから出ることができたんだ。


 ホッとしつつ振り向けば、背後に魔転移の扉はなかった。今まで僕が入ったことのある転移通路はどちらからでも入れるようになっていたが、今回は一方通行らしい。悪い言い方をすると、少々出来が悪いゲートって感じかな。


 つまりフィーリ北の森に繋がる魔転移の扉は、他の場所にあるということになる。出口も沢山あったようで、リナリアもアレクさん達も見当たらなかった。


 周囲は枯れかけた木々があり、灰色の空と大地が続いている。恐らくここは、魔界の何処かにある島だ。魔界というものはいくつも存在し、あらゆる面で人間界とは異なるということを魔法学園で習ったことがある。


 ここは天候も変わらないのかな? そんなことを考えながら、僕はまずはみんなを探してみることにした。戦力が分散しちゃってる状態で、悪魔騎士と出会ったら大変なことになりそう。


 でも、ぱっと見た感じあの巨大な怪物はいない。あれほど目立つ図体だっていうのに、何処にいるんだろうか。


 しばらく歩くと、遠くに海っぽいものが見えた。更に進んでいくにつれて、僕がいるのは島みたいなところなんだなと理解できた。浜辺もそこまで広くはなく、これならみんなとも早々に再会できそう。


 でも浜辺付近には特に何もないし、誰もいない。戻って違う道を探してみると、今度は森の中に家を見つけた。木の枝が巻きつきまくってて、所々崩れてしまってる。


 ちょっと入るのが怖いなぁと思いつつ、僕は玄関の扉を開いて中に入ってみた。

 ギイイ、とこれまた薄気味悪い音。嫌な感じだなあ。


 見たところ、どうやらお金持ちの家だったみたい。ソファにベッド、机に本棚に台所、窓にカーテンそれから照明、どれもこれも高級品がホコリを被っていた。


 なんかこういう所に一人でいると、幽霊とか出そうで怖い。魔法学園時代によく絡んできた面倒な聖女がいたけど、ああいう奴がいれば安心できるのに。


「これは……」


 ふと机の上に本があることに気づいた。まずはここについてを知る必要がある。でも、これよく見ると日記っぽい。


 うーん。人の日記を覗いちゃうのは気がひけるけど、この際しょうがないよね。心の中で持ち主に謝りつつ、僕は茶色く傷んだページを捲ってみた。


 =====

 フィーリ歴1103年2月2日

 革命は失敗した。

 とうとう僕は捕まってしまった。あの無能だったはずの兄に、なぜ無惨な敗北を喫してしまったのか。

 僕は兄を騙して殺そうとした罪で死刑になるはず。しかし、なぜかフィーリの隠れた遺産であるこの島に運ばれ、そして普通に生活をしている。あの男は何を考えているのか。

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 うわ……なんだこれ!? いきなり死刑とか書いてるけど。一体誰なんだろう。フィーリ歴についてはアレクさんから教えてもらったので、大体最近の出来事であることが分かる。とりあえず続きを読んでみよう。


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 フィーリ歴1103年2月3日

 今日、奴の一番の手下であるアレクがやってきた。

 丁寧に兄のご厚意とやらを教えてくれた。


 どうやら兄は、この僕を殺すつもりはないらしい。しかし、僕という存在は抹消されなくては国民が納得しない。

 だからこうして、誰の目にも止まらない場所に隠そうということだ。

 兄らしい、実にくだらない優しさだと思う。

 あんな奴が国王になったところで、国が繁栄などするものか。

 僕だからこそ、あの国はアルスターや他国に負けぬほどに成長させられるのだ。運悪く兄に敗れてしまったことは、国にとっては幸運ではなく、衰退と絶望に至る悲劇だったに違いないのだ。

 =====


 少しの間、日記を読み進める手が止まってしまった。

 僕の知っている人物の名前が出ている。アレクさんが出てきて、兄が国王……。

 つまり現国王の弟、クラレオン王子の日記を読んでいるってことか。


 そういえば記念館の隅っこに絵画が飾られていたっけ。あの人がここに幽閉されていたってことみたいだ。王様が言っていた恨みがある人っていうのも、この弟なんだろうか。


 それから数ページの間、彼は退屈な毎日を過ごしていたということが淡々と書かれていた。僕も日記を毎日書こうとしたことがあったけど、三日も持たなかっけ。物騒なことをしていたけれど、この人は真面目なところがあったのだろう。


 次に読む手が止まったのは、一ヶ月後の日付だった。


 =====

 フィーリ歴1103年3月2日

 僕の悪名は大陸中に届いてしまっている。

 だから、よしんば魔転移の扉から逃げ出したとしても、誰かに捕まって殺されることは目に見えている。

 つまりは一生、この島で生きていくしかないのか。

 僕の心には、この曇り空よりも深い灰色の絶望が横たわっている。

 しかし、そんな惨めな男にも楽しみができた。しかも二つも。

 僕が元々持っていた固有魔法により、島に流れ着くガラクタを繋ぎ合わせて、全く原型とは異なる代物を作り出せるのだ。

 ちょうど面白い物が流れ着いてきた。鉄の山が浜辺のあちこちにあるし、この際人形でも作ってみようか。

 もう一つの楽しみは、ようやくまともな話し相手ができたことである。

 =====


 なにか楽しみを見出したらしい。正直、こんなに陰気なところにずっといるのも辛いよね。話し相手ってアレクさんかな。それとも兵士の人だろうかと考えつつ、ページを捲る。


 =====

 フィーリ歴1103年3月28日

 この島に来て、もうすぐ二ヶ月になる。

 気がつけばもう何体も素晴らしい作品が出来上がっている。


 しかし、僕はこれから最も偉大な物を作り出すことができるだろう。この島を揺るがすほどに大きな芸術品を。赤いモヒカンがついた巨大な兜が島に流れ着いて来たのだ。

 一体どうしてこんな物が流れてくるのか、僕には到底理解が及ばない。魔界という世界は人類の常識というものが全く通用しない。しかし、そんなことはどうでもいい。

 最高に巨大でイカれた傑作が生まれようとしている。


 ……だが、なぜか急に虚しくなることがある。僕はどうしてこんなことをしているのだろうと、ふと冷静になってしまう。

 これは兄のせいだ。今日はアレクの奴を徹底的に罵倒してやった。幼少の頃から世話係をしていたくせに、兄と一緒になってこんな島に閉じ込めやがって。そもそもお前らのせいで僕はこうなったのだと。


 奴はただ神妙な顔をしたまま、反論すらしようとしない。本当は言い返してほしかった。

 =====


 赤いモヒカン。あの悪魔騎士を作っていたってことなのか。でも日記を読んでいる限り、ただの人形みたいな感じがする。どうして暴れ回るようになったのだろうか。


 次にページを捲った時、強い違和感があった。これまでは毎日日記を書いていたのに、日付が大きく飛んでいたからだ。

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