第22話 森に囲まれた湖

 先程の岩石アタックがこたえたらしい悪魔騎士は、よろける足取りのまま北に北に歩みを続ける。


 絶対に逃すわけにはいかない。追いかけながら、あの巨体が隠れる方法について考えていたが、多分だけどいくつか心当たりがあり、もし推測が当たっているならすぐ見失う可能性も十分あった。


「森の中に入ろうとしているようです」


 隣にいるリナリアが言うとおり、奴は深い森の中に無理矢理入っていく。木々が軋んだ音ともに倒されていくが、元々潰されているところも多い。どうやらここを奴が通ったのは初めてではないみたいだ。


 魔法を当てて優位に立っているはずなのに、なぜか気分が落ち着かなかった。もしかしたら、さっきのは演技だったのかもしれない。罠に誘い込むつもりなのかもしれない。逆に虫の息になっていて、途中から思いっきり倒れてこちらが下敷きになっちゃうかも、とか色々な憶測が浮かんでは消える。


 僕は少しでも気持ちを紛らわせるべく、とりあえずは隣にいるカッコ良い女子に話しかける。


「その剣とか鎧とか、よく似合ってるよ」

「……え。ほ、本当ですか」


 リナリアは心底以外そうな顔で、少しの間僕の瞳をじっと見つめてきた。まるで初めて褒められたんじゃないかと思うほど、あっけらかんとした顔になっている。


 彼女は背中に盾を預け、剣は腰の鞘に収めている。全身を守る青い鎧は、所々に金色のラインが入っていて、男子なら一度は着てみたいと思うひたすらにカッコイイ防具だった。聖剣の付属パーツみたいな物なんだろうか。


「うん! 僕もそういう青い鎧とか着てみたいかも。それとやっぱ聖剣っていいな。男の憧れだよ」

「そ、そんな。初めて言われました。私……むしろ嫌がられてばかりでしたから」

「えー。そんな人もいるんだ、カッコいいのに」

「はい。世の中には、剣を持つことを許さない人もいます。でも、ありがとうございます」


 青いサファイアのような瞳は、いつしか僕ではなく悪魔騎士に向けられていた。いや、奴でもなくて、なにか過去のことをぼんやりと思い出すために、前を向いただけなのかも。


「あっ。キーファさん!」

「おお! 消えた!?」


 小山に届きそうなくらい大きい悪魔騎士が、まるで霧が晴れるようにゆっくりとその姿を消していった。僕らは森の中に入っていき、しばらく進んでいくと大きな湖に出る。


 その湖には白い橋が架けられていおり、ちょうど中央にある祭壇に続いていた。


「ああ、やっぱりそういうことなのか」


 僕とリナリアは馬を降りて祭壇へと向かう。四本の柱に囲まれたそこには、赤黒い渦が巻いている。


「キーファさんは、これが何かご存知なのですか」

「うん。これは魔転移の扉ってやつだ」

「魔転移……ですか」


 魔転移の扉とは、以前僕がアルスターで体験した転移の扉に近いけど、スケールは全然違う。


 その場所を通ることで、ここではない世界——魔界の一部に入ることができるというもの。魔族だけではなく人間でも利用することができるんだけど、まさかあれだけの巨体でも転移できるとは意外だった。


 僕はリナリアに概要を説明した後で、どうにも不可思議な気持ちになる。


「奴はここを通って、ある場所とここを行ったりきたりしてるんだろう。でも、これだけ目立つ場所にあるなら……」


 その時だった。背後からいくつもの足音が押し寄せてきた。振り返った先には、アレクさんと他十名ほどの騎士達がいる。大急ぎで僕らを追いかけていたのだろう。


「お二人とも、早速ここが分かったのですね」

「アレクさんは、ずっと前からここを知っていたんですか?」

「はい。なにしろここは、我らがフィーリが作り上げた牢獄への入り口でしたので」


 僕が聞いた質問の答えは、また意外なものだった。


「牢獄ですか? あ、あの。よくお話が理解できないのですが」


 今度はリナリアが質問する。僕も理解が追いつかない。


「申し訳ございません。国王の許しなくして、詳細を話すわけに参りません。ですが、その罪人はもういません。一体なぜこの入り口から、あのような怪物が現れるようになったのかは……本当に謎だったのです。さらにはここは凶暴な魔物達がひしめいていて、易々と近づけぬ場所になってしまったもので」


 実は魔界っていうのは一つだけじゃないらしく、無数に存在しているらしいんだ。小さな世界であれば人間が発見して使うこともあるらしいけど、牢獄に使うとはなかなか変わってる。


 さて、ここまで来たらやることは一つしかないよね。


「じゃあ行ってみますか」

「す、すみません。キーファさん。この穴……扉には、普通に入っても大丈夫なのでしょうか」


 僕はすぐに赤黒い渦の前に立ち、その奥を見つめる。リナリアはこの手の扉を通過したことがないのか、思いきり緊張して表情が硬くなっていた。


「大丈夫だよ。ちょっと不安定なのが気になるんだけど、行ってみよう」

「は、はい」


 すると、アレクさんが隣にやってきて微笑を浮かべる。


「ここまでご協力いただき、言葉もありません。この上は、私の命をかけてでもお二人をお守りし、鉄の怪物を討ち取る所存です」


 騎士団長はかなり気合が入っているみたい。僕はただ苦笑して頷いた。


「ルース他四名は待機せよ。夜明けまで戻らなければ帰還し、国王に報告するように」

「はっ!」

「では、一足先に向かわせていただきます。お二人は、くれぐれもお気をつけて」

「え? ちょ、」


 ルースと呼ばれた騎士達を待機させ、アレクさんを含む騎士一行は悠々と扉に駆け込んでいった。もしかして、先にできる限り危険を排除しておこう、みたいな考えがあったのかな。


 やっぱり勇敢だなぁと感心しつつ、僕もまた扉を通ろうとするのだが、なんかそわそわしてるリナリアが気になる。かなり怖がってるみたい。だとしたら、連れて行くのも悪いのかもしれない。


「やっぱり怖い? 無理ならあそこの兵士さん達と待っていても大丈夫だよ」

「い、いえ。私もいけます。大丈夫、です」

「いや、でも無理は」

「行けます。絶対。多分行けます……ひゃあー!?」

「そうか。わか……あ!」


 彼女はちょっとだけ前のめりになっていたところで、扉に吸い込まれてしまったらしい。意外とドジなところもあるんだなんて考えてる場合ではなく、僕はとにかくすぐに彼女の後を追い、転移の扉に飛び込んだ。

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