第21話 悪魔の襲来

 今日一日だけでもなかなかに目まぐるしかったけれど、本当の勝負はここからだった。夜になってもしばらくはなんの動きもなく、ただ穏やかに時間が過ぎる。


 どうやら今日は来ないっぽい。なんて少しばかりの安心感が湧いてきた頃、唐突に兵舎から叫び声が響いた。


「敵襲! 敵襲ぅうう!」


 僕は軽量プレートメイルを着てマントを羽織り部屋から出る。ちょうど時を同じくしてリナリアも出てきたので、一緒にアレクさんの所に向かった。彼は馬小屋にいて、すらりとした白馬に跨っている。


「奴が現れたようです。お二人はこちらの馬をご利用下さい!」


 彼は僕らのために馬を二頭用意してくれていた。かなり従順な性格なのか、またがり手綱をとるとすぐに言うことを聞いてくれる。


 僕らは兵士達の行列とともに、夜の闇を貫くように北門へ向けて進んでいった。リナリアもまた乗馬経験があったのか、スムーズに乗りこなしつつ隣に並んできた。


 街道を進む兵士達の後ろ姿を眺めていた僕は、少々現実離れした光景を目の当たりにした。城門と思わしき所のすぐ近くで、奇妙な怪物の頭部だけが動いているのが見えたからだ。


 それともう一つ。恐らくは数秒ほどだが、大きな地鳴りのような何かが発生している。これはきっと、あの怪物が壁を思いきり叩いているせいだろう。


 僕らはアレクさんと一緒に、北側のいくつかに設置された展望台の一つに登った。


 すると、とうとうあの怪物の上半分までがはっきり視認できるようになった。これは凄い、と僕はゴクリと唾を飲む。


 奴は銀色の甲冑に身を包んでいて、兜の奥には異様なほど赤い眼光が二つあった。筋骨隆々なのか肩幅は広く、兜の上部には赤いモヒカンがある。


 ただ、本当に山のように大きいというわけではない。でも城壁よりちょっと背が高い怪物が、一心不乱に壁を殴り続けているという姿は、誰が見ても恐怖を抱かずにはいられないだろう。


 しかし、フィーリの兵士達や冒険者は勇敢で、高台から矢を放ったり、魔法を撃ったりを繰り返している。数百名が一気に責め立てているという状況だが、あの悪魔騎士はびくともせず、ただ粛々と自らの仕事をこなそうとしていた。


 奴はこの町を力で押し入り、全てをねじ伏せようとしている。決して容認できない巨大な暴力が迫っていた。


「し、信じられません。こんなことって……」


 隣にいたリナリアが、口を隠しながら目を丸くしている。アレクさんは苦々しい顔で奴を睨みつけ、その動向を注視しているようだ。


「あれが私たちが恐れる怪物、湖の悪魔騎士です」

「湖……ですか?」


 僕はなぜそんな名前なのかを聞かずにはいられなかった。悪魔騎士という表現は見れば分かるが、湖とは結びつかない。しかし、アレクさんは声が小さくて気づかなかったのか、淡々と話を続ける。


「あれほどの苛烈な攻撃をいくら加えようとも、奴は蚊に刺された程度にしか感じないのでしょう。城門が閉じられているので目立ちませんが、小さな魔物達も同時に攻め込んでいるのです」

「他にも魔物がいるんですね。リナ——リリーナ! 武装だけ準備しておいて」

「は、はい!」


 少しずつ壁の崩壊が始まっている。このまま奴を中に入れてしまったら、またあの瓦礫だらけの世界が広がってしまう。何より、今度は本当にみんなが殺されかねない。


 でもまだ救いがあった。それは、あの悪魔騎士は確かに巨大だが、巨大過ぎはしなかったということだ。僕はすぐに魔法の詠唱を開始する。アレクさんは当然こちらの変化に気づき、ちょっと怪訝な顔を浮かべているようだった。


「キーファさん。貴方も魔法で援護をしようとお考えなのですね。しかし、あの怪物にしてみれば……?」


 前方数十メートル先を魔法の発生地点と決め、少しずつ物質を集める。空気中にふわりと浮かび上がってきた石ころや砂、鉄屑からありとあらゆる物が、前方の空間に集まりたった一つになろうとしていた。


「アース・ストーン」


 基本的な地属性魔法の一つ、岩を作り出して敵を攻撃するというもの。隣ではリナリアが、昼間にしていた聖剣召喚の続きを行っていた。


「お、大きい! こんなに」


 でも、彼女はこっちを見て呆然としているみたい。まあ、なかなかここまでのサイズに膨らませることってないからね。


「な、なんと巨大な! キーファさん。まさかこの大岩を奴にぶつけることができるのですか?」


 アレクさんのちょっと焦り気味の質問に、僕はうなずいて答える。ただ、まだまだ足りていない気がする。更なる詠唱を続け、丸い岩をもっともっと膨らませていった。


 でもその時、とうとう危惧していた事態が起こる。悪魔騎士渾身の一撃により、とうとう修繕されたばかりの城壁に大穴が空いた。そこからはもうあっという間の出来事であり、悪夢を思わせる崩壊劇が始まってしまう。


 熊みたいな咆哮を上げた怪物は、狂ったように何度も殴り続け、とうとう奴が入れるまでに木っ端微塵になった。そして僅かに残った下側の城壁を、大きな右足が跨いだ時———


「喰らえ!」


 僕は奴めがけて魔法を放った。大岩がまるで猛獣の如き速度で飛ぶ。数多くの物質により構成された狂気の塊。サイズは奴と同程度かもしれないが、重さに関しては上かもしれない。


 巨大な怪物は町中に片足を突っ込んだまま、二、三秒動きが止まっていた。いきなり過ぎて多分反応できなかったんだと思う。抵抗もせず大岩に正面衝突する。衝撃がここまで伝わってくるようだった。


 そして大柄すぎる図体が岩に弾かれて吹き飛び、二つの地鳴りが続けざまにフィーリを襲う。衝撃に町はよりいっそうの混乱状態になってしまったが、気にしている場合ではない。


 ぶっ飛んだ悪魔騎士の代わりにしては心許ないが、ゴブリンやコボルト、ワーウルフといった魔物達が次々に街中に侵入を開始してくる。


 岩は当たった時に派手に砕けたらしく、城門付近はすでに残骸と魔物、兵士と冒険者達でめちゃくちゃだ。


 ここで悪魔騎士が再侵攻してくればかなり危険だけど、奴はなぜか背を向けて逃げ始めていた。


「逃げた?」


 あの程度で致命傷になったとは思えない。でもチャンスには違いないと思った。奴を狙うのはここしかない。


 僕は急いで展望台から降りて馬に乗り、アレクさんを見上げて叫んだ。


「奴を追いかけてきます! リナリア! 行こう」


 彼は返事をしたようだが、何を叫んだのかはうまく聞き取れなかった。押し寄せてくる魔物達の排除をしなくてはならないのだろう。彼の部下である騎士達もまた、コボルトやゴブリンと応戦を開始していた。


 それなら、僕とリナリアで追いかけることにする。たった二人であれ、無茶をしなければいい。最悪奴の隠れ家だけでも掴む。


 でも、あれだけデカイ魔物だったら、すぐ見つかりそうなんだけどね。


 急いで馬を走らせていると、そういえばと周囲を見渡す。やっぱりリナリアが、同じく馬に乗り追いついてきていた。少しも減速しなくていいのでかなり助かる。


 ……助かるんだけど、凄い格好してるなぁ。聖剣召喚と言いつつ、鎧とかまで装備してるみたいだ。

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