第20話 聖剣召喚

 フィーリにはいくつも展望台があり、絶えず兵士たちが周囲を警戒している。


 騎士団長の許可は貰っていたので、僕らは気分転換もかねて壮大な景色でも眺めることにした。遠方に見える山々と森までくっきり視界に収まっていて、思わずため息が漏れる。


「いやー。しかしフィーリって広いんだなぁ。アルスターもそうだったけど、王都ってだけある」

「はい。壮観ですね」


 こんなに綺麗な青空と草原、山や森を眺めていると、魔物が攻めてくるなんて嘘みたいだ。そういえばと頭の中が戦いのことに戻る。


 僕は本当に、気がつけば冒険と戦いのことばかり考えちゃう癖がある。特に興味があるのは、今回の戦いで相棒となる人の力だ。


「そうだ! 急に話は変わるんだけど、リナリアさんの特別な力ってどんなものなの?」


 戦う前に、明らかになっていない味方の能力はしっかり確認しないとダメだ。いざ始まってみたら僕のほうがビックリしちゃって困る、なんてこともあり得るからね。


 しかも今回の相手は山ほどに大きな魔物ときている。正直、そんな恐ろしい相手にも通じると言い切ったあの時から、僕は内心気になって仕方がなかった。強い存在の匂いを嗅いだ時ほど、心の奥がそわそわしてしまう。


「私の力、ですか。キーファさんのお眼鏡に叶うかは分かりませんが、このようなものです」


 言いづらそうに俯きながら、彼女は白く小さな右手を胸の前に出し、手のひらを上に向けた。最初は空気が渦巻いているように見えたが、徐々に掌の上が輝き始める。黄金色の光が巨大化し、いつしか一つの箱へと変化し上昇していく。


 箱にはそれぞれの面に異なる絵が描かれていて、なにかクルクルと回っているようだった。そのうちに僕から見て、剣を持った女神様のような絵で停止した。箱が開かれて中から剣と奇妙なパーツっぽいのが飛び出してくる。


 思わずハッとした。まさかとは思ったが、僕が学生時代に友人と一緒に強烈な憧れを抱いた、あの魔法か!


 一気に気分が高揚してくる。


「もしかして、召喚魔法!?」


 しかし、彼女が見せてくれたのはそこまで。肝心の武器が手元に届く前に、その魔法を終了させてしまったらしく、すぐに消え去ってしまう。


「はい。聖剣召喚、という魔法らしいのです。先ほど出したのは、今私が召喚できる二本のうちの一本……聖剣オロチです」


 聖剣召喚……僕はその言葉に息を呑む。


 魔法学園にいた時、ある授業で習ったことがある。この世界にかつては存在していたが、今はもう霊体として別世界に眠り続けると言われる武具があるらしい。それらは術者に召喚された時だけ実体化をして、用が済むとまた元の世界に消えていく。


 どんなに傷つこうが、また召喚した時には新品となり、脅威としてあり続ける。歴史の上でも選ばれた数名の天才しか授からない伝説の魔法らしい。


 あともう一つ、聖剣オロチという武器は紛れもなく伝説そのものである。


 遥か昔、それぞれ時代の異なる三人の英雄が扱った剣であり、また三つの異なる姿で伝承に登場している。八属性全ての存在に大きなダメージを与えることができる恐ろしい武器だ。


 そして驚きと同時に、僕は半分どうでもいい過去を思い出した。


 魔法学園でノエル君っていう同級生が、この秘術に強烈に憧れて「聖剣召喚! しょうかーん!」とか休み時間に練習していた。詠唱文字なども分からず、現代語でただ叫ぶというシンプルな愚行だった。


 あれは彼にとってかなり恥ずかしい歴史だと思うし、実は一緒になって練習してみた僕にとってもむず痒い思い出だ。


 大体詠唱文字すら分からないのに、どうして召喚できると思ったのだろう。過去に戻ってノエル君と僕に聞いてみたい。ただ、あの時はなんとなく出る気がした。それだけである。


 でも、本物はどうやら詠唱すら必要ないらしい。必要なのは神さまから貰った才能だけなのかも。


 ノエル君がリナリアを知ったらどうなっちゃうんだろと頭の片隅で考えつつ、徐々に驚きが強くなっていった。まさか彼女がここまでの天才とは思っていなかったからだ。


「凄いじゃないか! 君なら剣聖にだってなれるよ」


 彼女は眼鏡の奥でただ困った微笑を浮かべるだけだった。


「とても、そんな器ではないんです。私よりキーファさんの魔法のほうが、ずっと素晴らしいですよ」

「え?」


 急にもじもじしだす彼女の真意が理解できず、とはいえこれ以上突っ込んでほしくはなさそうだったので、召喚についてはもう触れることをやめた。


 ただ、最後にこれだけは伝えておきたいと思った。


「僕なんてまだまだだよ。君の力は凄い。頼りにしてるよ」

「……え」


 彼女は静かに驚いているようだった。僕みたいな典型的な魔法使いは、世間の認識どおり接近戦が苦手だったりする。こういう強い近接武器が扱える人がいると本当に心強い。


 それと……見かけによらず力持ちみたいだし。まあこれは触れないでおこう。


 しかし、僕は相当過大評価されちゃったらしい。ジャック達がこの場を見たらどう思うのだろう。嫌な記憶ってさ、変なタイミングで思い出す時あるよね。ああ、過去の古傷が妙なタイミングで痛む!


 まあいいや、気にするのはやめよう。

 話は戦いの準備に戻るが、とにかく終わったので後は魔物が現れるのを待つしかない。


 僕らは城で与えられた部屋で充分に休むことにした。昼間の時間はなんだかんだで平和に過ぎ去り、不穏な空気が漂う夜を待つばかりとなった。

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