第18話 地属性と風属性

 長い赤毛を後ろで束ねた体格のいい男は、あくまでまずは先手を譲るつもりらしい。


 僕は詠唱をしながら、ゆったりとした足取りで彼へと近づいていく。お互い剣が届くような距離ではないが、油断していたらすぐに接近して打たれる可能性もある。


 しかし、どうして魔法使いの男から試そうと考えるのか。まあ、リナリアは見た目はか弱い女の子だし、僕の力さえ分かれば十分だと思ったのか。


 詠唱が終わり、僕は持っていた木刀を構えて走り出した。足元でザクザクと砂の音がする。アレクさんに動きはまだない。木で作られた剣を大きく振りかぶり、そして投げる。


「おや、これは」


 もちろんアレクさんには当たらない。しかし、彼は避けでも払ってもいない……ように普通の人には見える。木剣は空中で明後日の方向へ吹き飛び、そのまま地面へと落ちていったのだ。


「速い。高速すぎてほとんど分からないくらいでした」

「……私が弾いたところが見えたのですか? ふむ、やはりできる人のようですな」


 恐らく剣技だけの勝負をするのなら、圧倒的に向こうに分がある。それとあの動き……。


「アレクさんは風属性の剣士だったんですか。若干だけど、風の力が腕に宿っていますね」

「なんと! さっきの一振りで分かったのですか」


 僕が気づけたのは、彼の動きや魔力の使い方がジャックと同じだったからだ。だとしたらこれは、地属性と風属性の戦いになるわけで、ある意味宿命の勝負といえないこともない。


「気づかれたのなら、降参したほうが無難とは思いませんか?」


 どういう意味かはすぐに理解できた。


 風属性と地属性は反対属性と呼ばれ、お互いがお互いの弱点となっている。最強属性として光、闇と一緒によく風属性が論争に挙げられるが、ライバルである地属性が最弱だからということが理由の一つだった。


 僕はその誤解がとにかく嫌だった。地属性が最弱であるという誤解の上に成り立った考えが。とりあえず次の手を使うことにした。


「アース・フェイク」


 僕の前に渦を巻くように砂が集まり、そして一つの形を形成するのを待って手に取った。


「……なんと」


 さっきの木刀に似た偽の剣。砂で作ったそれは脆く、多少ぶつかった程度で砕け散るだろう。しかし、そんなことは気にしないとばかりに僕は詠唱を続ける。闘技場の中にある砂が、渦のように二人の周囲を回り始める。


 先ほどまで余裕だった騎士団長の目は、真剣な眼差しに変わっていた。受けることをやめ、すぐに勝利を納めるべく前へ。風属性の魔法を扱える人間は、時として信じがたい瞬発力を発揮することがある。あのジャックのように。


 両手に木剣を持ち、前屈みの姿勢になって駆けてくる男は、単純な体力なら僕なんかとても敵わない。恐らく放ってきた一撃は、彼の本気なのだろうと思う。


「アース・サンドストーム」


 胸部付近に届きかけた切先は、ずるずると後退を余儀なくされていく。激しい砂嵐が彼を襲い、守りに入らせることに成功していた。嵐はなおも強くなり、闘技場は視界良好とはとても言い難い状態になっていく。


 地面に触れていた砂だからこそ、こうやって擬似的に嵐を作り出せる。本来ならこういうのは風属性の領分だが、地属性には他属性の魔法と同じ条件を生み出せる裏技があったりする。


 詠唱を続ける。次の一手でこの模擬の剣を彼に当てて終わらせる。いつにもなく僕は熱くなっている。どうしてか、強い人と戦うとムキになってしまう良くない癖が顔を出していた。


「アース、」

「エアー・ラッシュ」


 その時だった。僕の魔法を口ずさむ声に被さるように、アレクさんは魔法を唱えて突っ込んでくる。風魔法の中でも、突進することに特化したものであり、あらゆる抵抗をかき消す特殊効果を持つ。黒い影がみるみる迫る。


 視界が遮られているなか、まるで闘牛のように迫る騎士団長は、信じがたい速度で急接近。とうとう木剣が喉元に触れられてしまうという、絶対的な敗北の一場面を作り上げたのだ。


 ただ、それは僕のようであって、実は僕ではないのだけれど。


 コツ……という感じで、とりあえず砂で作った剣を彼のうなじあたりに当ててみる。


「……な、なんだと!」


 アレクさんは幽霊を見るような目で、背後に立っている僕を見ていた。砂らしが消え去り、ようやく視界が晴れてきた時、彼は悔しそうに前にいるもう一人の——作られた僕を睨んだ。


「まさか。剣だけではなく、自分の像まで作って見せるとは」

「正面からやったら、絶対勝てないと思ったんです。すいません」


 流石に汚い手だったかなと反省したけれど、アレクさんは今までとは違い、随分と晴れやかな笑顔を浮かべてきた。


「いいえ。これは決められたルール内の勝負。私の完敗です。どうかお力を貸していただきたい」


 どうやら認めてもらえたらしい。しかし、あれが木剣ではなく真剣だったら、さっきみたいに冷静に戦えただろうか。戦術とかも含めて、反省する必要があると考えていると、リナリアが砂地を飛ぶようにやってくる。


「キーファさん! お見事でした。まるで幻想を眺めているような気持ちでした」

「大袈裟だよ。それよりアレクさん。リリーナについてはどうするんですか?」


 さっきまで悪魔みたいに怖い顔で剣を振っていたお兄さんは、気まずそうに苦笑する。


「流石に練習試合というわけにはいきませんね。なにか、腕前を測れるものがあればいいのですが」

「あ、あの。私、頑張れます」


 おお! 普段は見られない闘志を感じる気がする。すると恐る恐る、客席から一人の騎士がやってきた。小太りな男で、手に何かを抱えている。


「パワーを測るだけでしたら、このサンドバッグを叩いてみるのはいかがでしょう」

「おお! それは名案かもしれぬ。しかし、ここにはそれを吊るす場所がないな」

「大丈夫です。俺が持ちます故。さあリリーナさん、蹴ってください」


 え、と戸惑うリリーナさんことリナリア。突然蹴ってくれとか言われても、確かに困惑するよね。


「さあ、さあ遠慮なさらず! はあ……はあ……こんな女の子に、蹴られるなんて最高」


 なんなんだこの騎士。もしかしてヤバい性癖でもあるんじゃないだろうか。リナリアは思いきり警戒しているようだが、自分も頑張らなくちゃと奮い立ったのか、両手を握ってファイティングポーズを取る。


「じゃ、じゃあ。いきます」

「はい! 下さい」


 下さいってどういうこと? と突っ込みたくなる気持ちは次の瞬間にどこかに消えた。


「えい!」


 銀髪の一見か弱い女子が美しく弧を描くように放った回し蹴りは、騎士が支えていたサンドバッグをあろうことかぶち破り、小太りな体をくるくると回転しながら観客席に吹っ飛ばしてしまったからだ。


「ぎょえええええ!!」

「え? あ! す、すみません」


 この時彼女の蹴りを受けた騎士は見事に気絶しており、他の騎士に運ばれて医務室に直行したみたい。なんて光景を目の当たりにしてしまったんだろう。


 アレクさんは口を開けたまま呆然としていたが、少ししてから彼女に非礼を詫びていた。


「あなた達は間違いなく戦力です!」と喜んでいたけど、リナリアは恥ずかしそうな顔で終始小さな顔を赤くしているばかりだった。

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