第16話 王様からの頼み

 お城に招待されるのは、冒険者にとっては珍しいことだ。


 僕も経験としては数える程度しかなく、よく覚えているのは魔法学園を卒業した時、大先輩にあたる国王様に招かれてパーティに参加した時くらい。


 だから白い宮殿のような大広間で、長いテーブル越しに王様と向かい合って話すというのは、すんごく緊張するわけである。


 でも食い意地だけは張っていたので、フィーリの郷土料理であるレッドバッファローの牛すね甘辛煮込みを食べることはやめなかった。普段から貧乏性というか、食事については人一倍目がないというか。こういう時しか豪華な飯にありつけるチャンスってないからね。


 王様は国の頂点に位置する存在とは思えないほど気さくで、会うなり普通に自分で城内を案内してくれて、雑談を交えつつこの広間までやって来たんだ。


 国王様っていったら、ひれ伏して喋らないと「無礼だぞ!」って怒鳴って処刑しようとするイメージがあったから意外だった(これは多分に僕の偏見が混じっている。実際はこんな王様はほとんどいない……と思う)


「ふうむ! ではキーファ殿は、一年前からアルスターで冒険者稼業に励まれておったわけか」

「はい。とはいっても、今はお休みしていると言いますか。フィーリには旅行で来ていたんです」

「おお、おお。そうかそうか。そちらのお嬢さんは、お仲間かの?」


 リナリアは焼き魚料理をキレイにさばきながら、穏やかな笑みを王様にむけていた。それにしても食べ方が綺麗だし、姿勢が常に良いんだなと感心してしまう。食べ方でいうと王様の隣にいるアレクっていう人もかなり綺麗だったので、なんか僕だけ野蛮感があって恥ずかしくなってきた。


「いえ。キーファさんとは船で偶然お会いしまして、とてもお話が合いましたので、その流れでご一緒させていただいてます」

「ふむふむ。そうかそうか。いやしかし! 話は戻すが、お主の建物を完全修復した魔法、あれは今のワシらにとっては、天からのお助けとも感じいるほどじゃったわ。ちなみに……城壁とかも直せるのか?」


 多分こういう質問をしたいんだろうなとは思っていた。僕はもう王様の頼みたいことがわかった気がしたが、とりあえず普通に返答してみる。


「はい。壁の規模にもよりますし、魔力量次第でもありますが、戻すことは可能です」


 王様はさっとアレクさんに視線を送る。ここからは騎士団長である彼が説明する番だった。


「すでにお二人はご存知かもしれませんが、現在フィーリはとある魔物の襲撃を受けています。一月ほど前からになりましょうか。ゴブリンやワーウルフ、コボルトといった魔物達が城下町に攻めいる頻度が増えておりました。相手が低級の魔物どもなら、我らフィーリ国兵士と冒険者がいれば特に問題はありませんでした。ところが……」


 ここでアレクさんは一旦話をきる。確かに、城壁を破壊した後に民家を破壊しまくるなんて、とてもゴブリン達では無理だろう。


「一週間ほど前から、山のように大きな巨人が現れるようになったのです。奴は全身に甲冑を纏い、その巨体に劣らぬ大斧で町を襲撃しました。あの時の惨劇と言ったら、私如きには表現しようもございません」

「え……巨人、ですか」


 アレクさんと国王は口々にその巨人についての情報を教えてくれた。どうやら、二、三日間隔で現れては城下町を襲い、一昨日とうとう城壁を破壊して町に入られてしまったらしい。


「あんなデカい図体をしようってからに、逃げ出すとまるで幽霊みたいに消えてしまいよる」

「強固な甲冑により、我々の矢や魔法による攻撃はほとんど効果がないようです。国の存亡すら危うい状況と言えるでしょう」


 僕は食事の手を止めて考え続けていた。リナリアはまるで想像がつかないのか、ちょっと困惑した顔でこちらを見つめている。


「かなり怖い話ですね。ところで一つ不思議なことがあるのですが、どうしてその巨人とやらは、全てを破壊しないで帰ってしまったんでしょうか。本当に無敵であるなら、いくらでも蹂躙できるはずなのに」


 普通の質問をしたつもりだったけれど、王様は食事の手を止めて苦い顔になる。


「遊んでおるのかもしれん。ワシらをじわじわと痛ぶり、最後まで苦しみ抜いてから殺すつもりかもな」

「だとしたら、関わっているのは魔族もいそうですね。彼らは、人という存在を玩具のように思っている奴がいますから」


 僕が住んでいた村を焼き払った魔族もそんな奴だった。逃げ惑う姿を見下ろして、狂気に満ちた顔で笑っていたっけ。心の中に押しこんでいた記憶が蘇り、ちょっとだけ興奮している自分がいた。


「魔族……うむ。あれは魔族かもしれんな。してキーファ殿、リリーナ嬢、この場に呼んだのは他でもない。お主達に、しばらくの間破壊された設備の修復をお願いしたいのじゃ。頼めるかの?」


 その後はアレクさんが細かい説明をしてくれた。巨人により今後も壁や施設は破壊されてしまう。だが、壁を破壊されたのは一度だけ。来るたびに修復をしてしまえば、最悪町の中まで侵攻される事はないという。時間を稼いでいる間に、騎士団が敵の本拠地を見つけ出して逆襲するというものだ。


 うーん。確かに魔法を使えば修復はいくらでも可能だが、このままでいけばジリ貧になる気がする。騎士団を疑うわけじゃないけど、その本拠地とやらは見つかるのか、そして本当に発見できるかが分からない。


 こういう時こそ、冒険をしてきた人間が積極的に動くべきかも。僕はちょっと緊張しつつも、出過ぎたかもしれない提案をすることにした。


「協力はしたいところですが、どうせなら僕も討伐に噛ませてくれませんか」

「なんと! 討伐まで手伝ってくれるというのか」

「はい。恐らくその巨人は近々、もしかしたら今日にも攻めてくるかもしれません。でもその時こそ、奴を追いかけるチャンスだと思っています。まずは本拠地を最速で見つけ出して、一気に叩きましょう」


 本来ならここまで首を突っ込む必要などなかった。でもあの夫婦や住民達を見ていると、そうも言ってられない気がした。アレクさんが難しい顔で腕を組んでいる。


「ご厚意感謝します。しかし、情けないことですが肝心の課題が残っています。今もなお我々は、あの巨人を確実に仕留める確証を持っていません。本拠地まで乗り込んだなら、恐らく大きな危険が待ち受けていることでしょう」

「あ……あの……」


 その時だった。静かに話を聞いているだけだったリナリアが、自信なさげに顔を俯かせながらも、さらっと驚くべきことを告げてきた。


「私の能力なら、きっといけるような気が……します……」


 え? と僕は戸惑ってしまう。王様とアレクさんもまた同じ顔になっていた。

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