第15話 ジャックとアイドルステージ
おかしい。最近どうにもおかしいことだらけだ。
というのも、俺のパーティの仕事の達成成績が芳しくない日々が続いていて、予想していた以上に報酬が貰えていない。
将来有望なアイドル魔法使いレイアを加入させたっつうのに、なぜか以前よりも魔物との戦いに手こずっている。
パーティの不振についてはアナとガリスも気づいているようだが、原因は分からずじまいだった。だが、キーファの奴が足を引っ張っていたのが、そもそもの原因じゃねえかと俺は踏んでいる。
朝から苛立ちで悶々としつつも、いつもどおり冒険者ギルドに入った時のことだ。
「おう! 今日も仕事しに来たぜ」
いつもなら受付嬢が待ってましたとばかりに挨拶してくるが、今回は気づかれてもいない。俺のよく通るはずの声が騒音で消されたようだ。どうもギルドの中が普段と違う。
騒がしいことが常の荒くれ連中集会所であることは当然だったが、流石に度が過ぎてやがる。どうやら酒場フロアで何かが起こっているらしい。
奇妙な大声だがなにか一定のリズム感がある。というか、どうやら音と共に歌まで流れているようだ。照明はカーテンで暗くされているが、チカチカと妙な灯りに照らされている。
な、なんだ? これは一体何なんだ。酒場フロアにはなかった劇で使われるステージみたいなもので、一人の女が歌っていやがる。しかも思いきり見知った顔だ。何を隠そううちのパーティの魔法使いレイアだったからだ。
奴は周囲の男達がとろけるような甘い声で、踊りながらラブソングを歌っていやがった。普段は空間を同じくしても奔放に自分達の世界に入っている冒険者が、ステージ前に集まっている姿も異様だ。
いやいや、可笑しいだろうが。ひたすらに戸惑っていると、ステージから遠くで呆れるように眺めているアナを見つけた。
「アナ! これは一体どうなってやがるんだよ」
「……いつも頑張ってるみんなを元気にしたいんですってよ。意味が分かりませんわ」
普段は意見が合わないことも多いが、今回ばかりは同感だ。レイアの奴、なんでこんな真似をしてやがる。
そういえばいつもと格好も違う。なんつーかぶりっ子にありがちな、フリフリのレースがついたトップスとスカートだ。お前は冒険する気があるんか。
いや、ちょっと待て……。あんな短いスカートで踊ったりしたら、それこそ下着が見え——
「こうしてはおれん! 注意してくる」
「あら! 今止めるのは流石にまずいのでは?」
「構うものかよ。仲間としてガツンと言ってやらねえとな」
とりあえず、そういう程で行くことにしよう。
なんてこった! あのステージ最前列まで行けば、合法的に見れちゃうじゃねえかよ。普段見えそうで見えないギリギリの絶対領域が! つまり……スカートの中だ!
そうだ。これはあくまで偶然だ。注意しようと近づき、夢中になって踊っていたあいつのスカートが翻り、たまたまステージ最前列で見上げていた俺の視界に入ってしまう不可抗力に過ぎない。
俺は務めて真面目な顔をしながら人混みを掻き分け、最前列へとまっしぐらに向かう。こうして見るとほとんどが野郎ばっかりじゃねえか。汗くせえ臭いがプンプンする地獄みたいな肉の密林を抜け、あと一歩というところで最前列だったのだが。
丁度いい所に邪魔な奴がいやがる。でけえスキンヘッドが三人分くらいスペースを取っていた。あと一歩で決定的眼福が待っているというのに。この時俺は頭に血が上り、どうかしていたんだと思う。
「おいコラ! てめえそこにいたら邪魔なんだよ。さっさとどけや!」
だが、ありとあらゆる大音量に掻き消されてしまい、スキンヘッド野郎には丁寧な注意が届かなかったらしい。
「聞いてんのかオラ! どかねえとやっちまうぞハゲ!」
これだけ言ってもスキンヘッドは気がついていない。なんか知らんがカラフルな棒を挙げて左右に振ってやがる。
「てめえ! どけやっー!」
俺はとうとう奴の背中に渾身の蹴りを入れた。大柄な体がよろめいたので、そのまま二発、三発と連続で蹴りを入れまくる。
「調子乗ってんじゃねえぞオラ! オラ! オラ!」
リズミカルに降っていた棒の動きが止まり、スキンヘッドがこちらに振り返った。
「……何の真似だ」
「あ! ギ、ギ、ギルマス。お疲れさまっす」
や、やっべええ。このいかつい髭面、ギルドのマスターじゃねえかよ。みるみるスキンヘッドが真っ赤になっていき、俺のほうは逆に青い顔になっていたことだろう。
「い、いやー。うちのレイア、どうです? 面白いショーでしょう。ははは」
「やっちまうぞハゲ、とはなかなか言うじゃないか」
しかもさっきの聞こえてたのかよおおお。
俺とギルマスは少しの間見つめ合っていた。その姿は壇上でレイアが歌う甘くロマンチックな恋物語とは異なり、暴力と殺戮に満ちた世界を想像させてくれる。誰もがこうはなりたくない典型的な図だったに違いない。
◇
「ねえ大丈夫ー? アナってば、回復してあげればいいのに」
「私はどんな傷でも治すほどお人好しではありませんよ。鉄拳制裁だけで済んだんだから、逆に穏当なものでしょう」
あの後、俺はギルマスに思いっきり殴られちまった。鼻血タラタラでいい男が台無しだぜ。しかも今回のことで目をつけられてしまい、あまりギルド内では思いきった行動ができなくなった。
「畜生! あとちょっとだったのによ」
「え? 何がー?」
「なにってパン……パン、チを避けられたのにって話だよ。ところで、ガリスの奴はどうした」
不思議そうに首を傾げるレイアに、真実がバレないように話を逸らした。まあ、ガリスが朝からいないことは気がついてたけど。
「ガリスでしたら、他のギルドからいい依頼がないか探してくると仰ってましたわ。でも少しばかり遅いですわね。グズな男なんて死ねばいいのに」
「ねえねえ。今度はアルスターから離れて、他のおっきな大陸で仕事してみたいなっ」
レイアがニコニコ笑いながら能天気なことを抜かしてやがる。ここ最近仕事が上手くいかないせいで、俺たちはそれぞれ財布事情が困り始めてるってのによ。アナの奴は対照的に露骨にイライラしてやがる。
まずは確実に成功をおさめていかねえと、信頼が失墜して仕事をもらえなくなっちまう恐れもある。っていうか、この状況が続いたら、Sランクから降格もありえるんじゃ? やべえ!
あらゆる状況を考え、今後の計画に頭を悩ませている時だった。ギルドの入り口扉が開き、興奮した面持ちでガリスが走ってくる。
「アニキ! 姉さんにレイア! すっげえ依頼を掴んだぜ」
「え? なになにー。レイアのショーが観たい! とか?」
「違うんだ。実はとある大貴族からの依頼で、最低でもSランク以上じゃないとダメらしい。報酬は言い値で決まるらしいが、金貨四十枚は確約するって」
俺は思わず立ち上がった。
「き、金貨四十枚だと!? 場合によってはさらにくれるってのかよ。依頼内容は何だ!?」
「へい! どうやら、ある人を連れ戻してほしいって話なんですが、詳しくは明日会ってからということで」
「しゃあ! 決まりだぜ! みんな、明日は絶対遅刻すんじゃねえぞ!」
良いことあるじゃねえかよ。
貴族には分かりやすい分類分けがある。大貴族、中貴族、小貴族っていう等級に分かれてるんだが、大貴族っていやあ王族より僅かに下くらいの、それはそれは偉い連中だ。
こりゃあビッグチャンスだ! 一気に名を上げてやる。俺は再び吹き出した鼻血のことなど忘れて燃え上がっていた。
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