第13話 フィーリの港

 いよいよ船着場に到着するということで、僕らは船上にやってきてその時を待った。


 フィーリという国はパッと見た感じは、そうアルスターと変わらないように見える。でも別の土地ということで、いろいろと細かい違いがあることは間違い無いと思う。僕はそういう微かな違いを発見するのが好きだったりする。


 それとここイリス大陸は、レーベル大陸よりもずっとずっと広大で、世界地図を見ても三本の指に入るというくらいデカい。スケールが大きいものってだけで、なんかワクワクしてくる単純な自分がいた。


「キーファさんは、フィーリについてからのご予定は決まっているのですか」

「ううーん。あんまり決めてないかな。ちょっと見学して回って、後はまたポルカ島に向かう経路を探そうと思ってる。リナリアは?」

「……私はまだ、何も決まっていません。良かったら、フィーリをご案内します」


 彼女にはお世話になりっぱなしだ。本当にいいのかなと思いつつ、僕はまたお言葉に甘える。


「ありがとう! このお礼はちゃんと返すよ」


 言われたリナリアはなんだかもじもじしている。けっこうシャイなところがあるというか、あんまり人と接することに慣れていないようだった。まあ、人と交流するのは苦手なのは、僕も同じなんだけどね。


 ただ、船が近づくほどに妙なものが視界に入ってくる。所々に煙のようなものが上がっていて、街中が騒がしいようだ。


 まさかだけど、また厄介ごとに巻き込まれるなんてことは、ないよね?


 ◇


 どうやら町は、いくつかの建物が壊されているらしい。魔物に襲われちゃってる?

 そんな心配でいつしか頭の中が戦闘態勢になっていた僕だけど、どうやら奴らはいないらしい。


 いや、正確にいえば少し前まで普通に攻めてきたらしいのだ。港から降りたところで、船乗りのお兄さんが親切に情報を教えてくれる。こうやって乗客みんなにアドバイスをすることが、まるで彼に与えられた使命みたいに張りきっている。


「だからよ! とにかく北側の壁が壊されて、ちいっとばかり侵攻されたけど、ちゃんと撃退したから安心してくれや」

「そ、そっかー。貴重な情報ありがとう」


 フィーリという国は港以外の部分は、ぐるりと城壁で囲っている。まあ、これはアルスターでもそうだし、大抵は魔物が侵入しないように精一杯の防壁を設置しているものなんだ。


「やっぱり魔物が攻めてきてたらしいよ」


 僕はとりあえず、隣で凛としている女の子に語りかける。すると彼女は困り顔で笑った。


「大変な時に来てしまいましたね。ご案内、どうしましょう」

「まあ、とりあえず今は考えても仕方ないかな。普通に観光名所を周っておきたい」


 なんともお気楽な返事をしてしまったけれど、特にリナリアは気にした様子はなかった。しかし不思議なのは、彼女はふと気を抜くと存在を忘れてしまうくらい気配を消すのが上手いこと。


 大抵の場合、どんなに隠しても気配というものは消しきれない。グレイスで大男を投げ飛ばしたあの動きといい、きっと只者ではないのだろう。でも、僕がこの数日で知った彼女の情報といえば、厳しい家柄で暮らしていたことと、一つ年下であるということくらい。


 変な縁で一緒に行動するようになったが、いつ唐突に終わるか分からない関係でもあった。旅先の知り合いなんて普通はそんなものらしい。


 とにかく僕らは観光をすることにした。リナリアに案内してもらいながら、中央通りをぶらぶらと散策する。武器屋や防具屋もあったけれど、同じ商品でもアルスターより値段が安い。この前杖を手に入れてなければ、衝動買いしちゃってたかもしれない。


 ただ、品揃えが素晴らしいとはいえ、フィーリは特に注目を集めるような観光スポットはないようだ。途中で地図や観光名所を書いた立て札を二人で見たが、市場や商店街以外にはちょっとした花園があるとか、そのくらいだった。


 アクセサリーや骨董品の店、服屋などを見て回った後、歩き疲れた僕たちはとりあえず休憩することにした。


「こちらに公園があったはずです」


 リナリアは少しだけ前を歩き、いくつかの民家の角を曲がる。しかしそこにあったのは、予想とは大きく異なる光景だった。


「えっ……確かにここに……公園が……」

「まっさらだね」


 お城でも入れそうなくらい広いスペースに、ただ砂地が広がっている。なんか踏み荒らされた跡があるんだけど。多分ここは、公園だったところなのだろう。更に奥を見やると、恐らくは住宅地だったところがある。しかし今では瓦礫の山だ。


 何人もの屈強な男たちが瓦礫の撤収作業をしている。その中に混じって、一組の男女と小さな子供が不安げに佇んでいた。僕は少しだけ躊躇ったものの、彼らに声をかけてみることにした。


「こんにちは。あの、こんな質問しちゃってすみませんが。もしかしてここは、魔物に襲撃されたんですか?」


 数秒ほど間があってから、男の人がこちらに顔を向ける。目の奥にうっすら涙が浮かんでいるように見えたのは、きっと見間違いじゃないと思う。


「ええ。しばらく前から……恐ろしい魔物が攻めてくるようになったんです。でもいつも城壁で食い止めていたので、今回も大丈夫だと、どこか呑気に構えていたのですがね。それがこの有様ですよ。ずっと夢だった家が……」


 この人達が家を建てるのにどれだけの苦労をしたのだろうか。流石にそんな質問はできなかったけど、とりあえずこの現状をなんとかすることなら、まあ多少はできる気がした。


「じゃあ、僕が元に戻してみましょうか」

「「「……え?」」」


 夫婦達とリナリアの声が重なった。

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