第12話 なぜか看病してもらった

 リナリアの看病はとても的確だった。

 配慮に長けた人だとは思っていたけれど、まさかこれほどとは。


 彼女は僕が苦しみ、水を欲すれば言う前に出してくれたし、トイレに向かおうとすると手伝ってくれる。それでも苦しい時は背中を揺すったり、励ましの言葉をかけてくれる。


 病気になった時、一人って心細い。こんな時ほど助けてくれる人がいることが、どれほどありがたいか。


 ただ、罪悪感と共に純粋な疑問が頭をもたげていた。普通、女子ともなれば男が嘔吐したり、情けない姿を見せれば嫌悪するものじゃないだろうか。リナリアからはそういう様子はまったく見て取れないばかりか、むしろ心配してくれる。


 彼女はもともと無口で大人しい性格なのか、暇になると小さな本を開いて読書に没頭していた。何かあると助けてくれるので、不安が消えた僕はその一日だけで随分と回復し、多分明日になれば普通に動き回れるようになる気がした。


 そして次の日、僕は回復したばかり特有の安堵と爽快さを感じながら目を覚ました。しかし、まだ完全とはいえないので後一日は休むつもりだった。


 それとこれだけ助けてもらったんだから、リナリアにはしっかり恩を返さないといけない。そんなことを考えていると、昨日と同じように扉がノックされる。


 僕が迎え入れると、彼女はなにかお盆に器を持っていた。


「チキンスープを作ってみました。良かったら」

「え……いいの」


 この船にチキンスープとかあったっけ。疑問を感じていたんだけど、実は船員さんに事情を説明して台所を一部貸してもらったらしい。鶏肉とトマトを煮込んだそれは、少し酸味があって食欲がないのにどんどん胃袋に入っていった。


「なんか、本当に悪いね。申し訳ない」

「お気になさらないでください。私……誰かのお役に立ちたかったので」


 柔らかい微笑みを向けられて、世の中にはこんな優しい人もいるのかと感動してしまった。体調が良くなってきた僕は、とりあえずリラックスして小さな窓から見える景色を眺めながらリナリアと談笑していたんだけど、そこで意外なことが分かる。


「じゃあ君は、光属性なんだ。凄いね、一番需要がある属性じゃないか」

「そんなことないです。あまり戦うことを好まない家で……」

「へええ。でも君は戦いたいんだ。その本、よく剣士が読むやつだよね」


 昨日の時点で不思議だったんだけど、彼女が読み続けていた本は、女の子が好きそうな恋愛小説とかじゃなくて、ガチガチな剣士が読む戦術書だった。ジャックが読破しようとして最初の数ページで投げ出していたのを覚えているが、リナリアはもうそろそろ読み終えるようだ。


「私、こういう本に興味があったのですが、部屋にあったら叱られてしまうので読めなかったのです」

「もしかして、かなり厳しいお家だったの? 普通は自由にしてもらえると思うんだけどね」

「……」


 まずい。良くないことを聞いてしまったかも。その後気まずい空気が流れる予感がしたけれど、少ししてから杞憂だったと気づく。無言の配慮とでもいうのだろうか。不思議と空気が悪くなると彼女自身は透明になったように存在が消えて、少し経つとまた朗らかな感じに戻る。


 彼女は椅子の近くに置いてある紅茶を時折飲んでいた。それにしても姿勢が良くて、どんな時でも優雅さが垣間見える。そういえばあの巨漢を放り投げたのは、どうやったんだろ。


「話は変わるんだけど、リナリアって運動も得意だったりする?」

「そう、ですね。上手ではないですが、運動は好きです」

「だよね。グレイスで巨漢を投げたりしてたもんなぁ。すっごい腕力だと思、」


 その時……ピシ、とティーカップから音がした。ふと見ると、彼女は慌ててティーカップから紅茶が溢れないかチェックしている。


「ち、違いますっ。私そんな腕力とか、ないですから」

「そ、そうか! そうだよね。ははは」


 いや、間違いなく腕力はある、それもかなり!

 でもこれ以上は触れないことにした。


 恥ずかしそうにあわあわしている様子を見る限り、コンプレックスなのかもしれない。しかし世の中は不思議でいっぱいだと思う。こんな華奢な体のどこにそんな力があるんだろ。多分アルスターの冒険者ギルドにいる、筋肉マッチョのギルマスでも勝てない気がする。


 まあ、彼女のパワーの話はとりあえず置いていて、とにかく僕は安らかな時間を過ごすことができた。実は体調を崩したことも、幸運だったのかもと思えるくらいに。


 その後、普通に動けるようになった僕を見て、銀髪の眼鏡っ子はそわそわした感じになった。そして何かを言いかけてやめる、というような仕草が二回ほどあった後、ぎこちない質問がくる。表情はよく見えないけど、顔が赤くなっていたので緊張してるみたいだ。


「あの、良かったら……その。キーファさんの冒険の話とか、聞かせてもらえませんか」

「うん。一年しか冒険してないから、そんな大した話もないよ。そうだなー、最初はジャック達と会ったことからにしようか」


 気がつけば僕はいつになく喋っていたと思う。大体正直に話そうとしてもどこかに見栄が含まれてしまうことがあるんだけど、この時は良くも悪くも素で伝えることができた。


 普段は僕みたいな人と接点がないのか、彼女は表情こそ乏しいが強い好奇心があることが伝わってくる。最後に追放された時のことまで喋っちゃった時、ちょっと悲しそうな顔になっていた。


「それは……辛かったのですね。仲間外れということですか」

「うん。僕のアピールが足りなかったんだよ」


 正直な話、追い出されたことへの怒りはあった。でもこうして話しているうちに、その感情すらどこか過去のものへと後退していく。冷静に考えれば、もっとしっかりアピールするべきではなかったか。


 こんな失敗を繰り返さないように、次はもっとしっかり自分を出していかないと。

 ……次?


 なんだよ。冒険のことは考えないつもりだったのに、次のことを想像してるじゃないか。


「でも、一年も一緒にいたのに、キーファさんの力に気づかないことのほうが、変だと思います」

「そうかなぁ」

「はい。きっとそうです」


 庇ってもらえたみたいで、ちょっとだけ嬉しくなる。僕は喋ることがなくなり落ち着いた時、いつになくスッキリした気持ちになっていた。多分、知らず知らずのうちに溜め込んでいた心の膿みたいなものを出せたのかもしれない。


 何はともあれ僕はすっかり回復して、いよいよ次の日、船はフィーリの港にたどり着いたのだった。

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