第11話 当たっちゃったんです

「え!? 待って、どういうこと!?」


 彼女は一体何を言っているのだろう。僕は確かにこの船はポルカ島行きだと確認している。あれ? でも……なんか見間違いとかあったのかな。急に自信がなくなってきた。


「船の時刻表では確かにポルカ行きとなっていますが、今は海が荒れていて魔物達も出没しやすくなっているみたいで……。途中にあるフィーリの港に止まるようです」

「ええー! 知らなかった。何処かに書いてあったのかな?」

「グレイスの町民の方が教えてくださいました。大体物騒な時期はそうしていると仰ってました」


 ひ、酷い。とても理不尽な気がしたんだけど、実はグレイスの航海なんて昔からこんな感じだったということを後で知った。今回の場合、むしろ僕が世間知らずだったという話なわけで。


 なんてことだ。南の島にすぐ辿り着けると思ったのに。


 僕の幻想の中でのポルカ島はそれはもう素晴らしい天国状態になっていた。南の島感満載のヤシの木、キラキラと輝く清涼感しかない海、開放感に溢れた程よい人混みの砂浜、水着を来たお姉さん達、南国料理とジュースを飲みながら寝っ転がる僕。


 これはまずい。すでに計画が狂ってしまっている。


「あ、あの。大丈夫ですか?」

「え、あ、うん」


 リナリアが心配そうにこちらを見つめていたので、僕はとりあえず力なく笑う。


「まあ。ちょっとくらい寄り道しても良いかな」

「フィーリはとても良い国ですよ。きっとキーファさんもお楽しみいただけると思います」

「もしかして、フィーリには何度か行ったことがあるの?」

「はい。家族で二、三年に一度旅行していました」

「そ、そっか。楽しめるなら良かったよ……は、ははは」


 とは言ったものの、僕としては南の島しか頭になかったのである。テンションが思いきり下がってしまい、急に力が抜けてしまった。


 すると、ぐきゅるるるー……という音が腹部から流れてしまう。


「お腹すいた……」


 僕の独り言を聞いて、リナリアは微笑を浮かべる。こうなったら船内のVIPレストランにでも行って、豪華な料理をヤケ食いしてやろうと思った。


 ◇


 悪夢だ。僕はこの日ほど自分の無鉄砲さを後悔したことはないと思う。


 あれからリナリアと二人でレストランに行き(ここでさよならは逆に気まずいので誘ってみた。後になって我ながら大胆な行動をしたなと驚いている)料理を食べた時は楽しかった。


 その後もすることがなかったので、二人で船内の施設を周った後、夜も更けてきたので解散することになった。ちなみに船のチケットにはそれぞれ個室のナンバーが書かれており、リナリアは隣だったのだ。


 でも、多少縁があったとはいえ、流石にここでお別れになりそうな予感があった。旅行先の船とかでは、よく一日だけの友達というものが存在するらしい。


 つまり、その時を楽しむ為の暇つぶしとしての付き合いであり、お別れする時「会えて良かったよ。良かったら手紙の宛先でも教えてくれない? また今度お話ししよう」とか言い合ったりするんだが、結局二度と再会することも手紙を書くこともないという関係だ。


 多分僕とリナリアはそうなるだろうと思っていたし、朝になって個室をノックして、


「やあリナリア。今日はどこ行く?」


 なんて誘う勇気も沸きそうになかった。特に僕は魔法と戦いについては勉強し続けているが、女子とのやり取りなんてほとんど経験がない。魔法学園時代に成績トップの超面倒な聖女と親交があったことくらいで、他は大してないのだ。


 いや、よく考えればあれは親交と言うよりただ絡まれていた気がする。まあそれは今回の話には関係ないからどっちでもいいや。


 でも、そんな心配をする必要は全くなかったことに、僕は朝になって気がつくのだった。


「う、ううう……」


 朝からトイレに行っては、とっても苦しい嘔吐を繰り返している。さらには頭痛、腹痛と寒気。思いっきり体調を崩しちゃってる。


 これ、多分食中毒じゃないかな。


 そういえばレストランでカニとかエビを食べた時、なんか妙な味がしたんだ。あれに当たったんじゃないか。明確な答えは分からないので何とも言いようがないが、とにかく苦しい。僕はたった一人の心細さを存分に味わっていた。いったい何の為の旅なんだろーか。


 ベッドの上で悶えることしばらく、いつの間にか扉からコン、コンと控えめなノックがされていることに気づく。


「どなたですか?」


 僕は上手く声も出せずに弱りきっていた。なんとか絞り出したカスカスの声は、扉の向こうにいる人に届いたみたい。


「すみません、リナリアです。その……今日もご一緒してよろしいでしょうか」


 予想外の返答に、僕は戸惑いを隠せなかった。一日だけの友人になるはずが、今日も誘ってくれるとは。でも、二日だけの友人になるってだけかもしれないけれど。


 この時はちょっとばかり罪悪感が湧いた。多分だけど、彼女は一人であることに心細さを感じているんだろう。だから僕を誘っていると思うのだが、今の体調では足を引っ張るだけだった。


「ごめんね。実は今日凄く、体調が悪いんだ」

「え……大丈夫ですか」

「うん。多分昨日食べたものに当たっちゃったみたいでさ。だから、ここで休んでいることにするよ」


 あーあ。せっかく僕も彼女も、寂しい思いをしないで済むところだったのに。とはいえ、リナリアはあの容姿だから、そのうち仲良くしようとする人は出てくるんじゃないかな。


 僕はいろいろと迂闊なんだよなぁ。これがもしダンジョンや戦いの最中だったらと思うとゾッとする。もっと気をつけないと。


 きっとこの僅かな交流もまたおしまいだろう。さようならリナリア。


「分かりました! では急いで水などを持ってきます」

「うん。じゃあまた今度……え?」


 彼女はどこかに駆け出して、少ししてから戻ってきた。僕は心身ともに混乱している。

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