第9話 ジャック達の誤算

「はあ……はあ。ち、畜生め。そろそろ屋上か?」


 俺は息も絶え絶えになりながら、後ろのメンバーに階層を確認する。おかしい、この状況はおかしい。


「今は大体……四階くらいですぜ……あと、ちょっと……で」


 同じように苦しそうな呼吸をしているガリスは、声を絞り出しながら返事をしていた。


「どうして今日の戦いはこれほど過酷なのでしょう? 普段なら楽勝でしょうに」

「ねえー。あたしちょっと疲れちゃったぁ」


 そう、アナの言うとおり普段なら楽勝なはずだ。しかし俺たちは異様なほど疲れている。


 なぜだ? 最前線で俺とガリスが戦い、アナが回復や補助魔法で支援を行う。そしてレイアが特技である光魔法で殲滅するという流れは、一見すれば理想的なはずなのに。


 心なしかいつもより向かってくる魔物に手こずっている。さっきもハイゴブリンの攻撃を受けては返し、受けては返しを繰り返していた。前はもっとスムーズだったぞ?


 そうか……一つ思い当たったことがある。


 魔物の攻撃を受ける機会が増えているのだ。以前はキーファの奴が余計にもゴーレムを作り出して、魔物と俺たちの間に距離ができていた。別にそんな必要はなかったが、やりたいようにやらせていたのですっかり慣れてしまっていたわけだ。


 だからか。本来あるべきスタイルになったことで、普段体験していない状況が続いているのだ。キーファの野郎、とことん邪魔だったじゃねえか。


「もうすぐだ! 今日は新たな編成になったことを考えれば、かなり順調だぞ!」


 最上階への階段を登りながら、俺はみんなを鼓舞するべく叫んだ。聞いているのかいないのか微妙な反応だったが、まあ疲れてるならしょうがねえ。とうとう最後のフロアにたどり着いたと思った時、「あ!」とガリスが声を上げた。


「やべえ! 今度はハイゴブリンとデビルウィザードの群れがいますぜ」


 剣や槍、盾を構えたハイゴブリンが十匹、その後ろにデビルウィザードが二匹という組み合わせに、正直この俺ですらも焦りを感じた。流石に消耗していたからな。


 だが!


「焦るな! こいつらをぶっ倒せばすぐにダンジョンクリアーだぜ。行くぞガリス。突っ込めええええ!」

「は、はいいいいい!」


 よし! 声は震えているがいい返事だ。俺達二人は勇敢にも正面突破を試みる。ハイゴブリン達は怒りの咆哮とともに群がってきて総力戦が始まった。アナの補助魔法により身体能力が強化され、心なしかテンションも上がってきた。


 ここで風の剣士である俺は、詠唱をしつつ魔法で先手を取ることにした。


「エアー・カッター!」


 勢いよく振った剣から出現した風の刃がゴブリン達に向かっていく。奴らはかわしたけど相当焦ってやがる。これで一気に距離を詰めることに成功し、優位な状況での斬り合いが始まる。


「レイア! とっておきの魔法を頼むぜ」

「うん! まっかせてー」


 更には切り札である光属性魔法の発動も指示し、作戦としては万全。いかに体力が消耗しているとはいえ、ハイゴブリン程度に遅れをとる俺たちではない!


 しかし……残念ながら向こうにも魔法の使い手はいる。しかも二匹も。必死にぶつかり合いながら、チラリと確認すると、やっぱり詠唱を始めていやがった。


 だが俺はこの展開を読んでいたのだ。混戦状態となっている時、魔法を使ってしまえば味方に当たる可能性がある。つまりゴブリンどもを盾にしつつ接近し、一気にデビルウィザードも刈り取る手筈だったわけだ。


 ふふふ! 我ながら完璧な作戦———


「「ファイアボールっ!!」」


 ん!? こいつらまさか、仲間ごと俺達を!?


「ぎゃあっちいいいいいい!」


 ゴブリンと一緒にファイアボールを喰らってしまい、俺はこの熱いハートと同じくらいに燃え上がった! とはいえ大丈夫だ。ほとんどは鎧に触れただけで、後は問題ないはず。


「はーい! みんな避けてねー。キラキラレーザー!」

「うおおおおお!?」


 俺は咄嗟に身を屈める。キラキラレーザーなどと言ったのは、恐らく彼女が独自でつけた名称なのだろう。しかし、その威力は本物だった。恐るべき光のビームが頭上を通過し、あっという間に残ったハイゴブリンとデビルウィザードは塵芥に変えてしまったのだから。


「や、やったのですか!?」


 アナが不吉な疑問を口にする。そういうのやめろって、実は生きてたみたいな嫌な予感がするだろ。


「大丈夫っす! よっしゃあ。魔物は全部狩りましたぜ」


 索敵能力があるガリスが、周囲を確認して歓喜の声を上げる。俺はふっと笑みを浮かべた。


「よし。じゃあ後はダンジョンストーンを手に入れるだけだな」


 ダンジョンストーンとは、魔物達によって作り上げたダンジョンを形成している宝石の一種であり、さまざまな種類がある。大抵は魔道具の台座とかに入ってるので、抜いたり壊せばダンジョン自体が消滅するようになっている。


 しかし妙だな。大抵の場合ボス格と思わしき奴がまだいるはずなのだが。


 と思っていた矢先のことだった。周囲が淡い光に包まれたかと思うと、少しの間を置いてからさっと消え去っていき、俺たちは草原に突っ立っていた。


「あれー? ねえねえジャックさん。これってどうなっちゃったの? 塔が消えちゃったよ」


 レイアがキョロキョロと周囲を見渡している。まさか、まさかこれは……。


「ぐ、ぐぐぐ」


 少し遠くにいる冒険者達が、両手を上げて喜び合っている光景が目に写り、俺は全てを理解した。奴らの一人が、拳よりも大きなダイヤっぽい石を掲げている。ダンジョンストーンが誰かの手で外された時、ダンジョンはその姿を消すのだ。


 つまり、先の冒険者達に手柄を持っていかれてしまったということ。これにはガリスとアナも開いた口が塞がらなくなっている。


「嘘でしょう。私達がDランクのパーティに先を越されるなんて……ジャック! どうなっているのですか」

「こんなことは何かの間違いっすよ! 絶対そうです」


 徐々に膨れ上がってくる屈辱。どうしてこうなったかは俺が聞きたい。

 いや、よくよく考えてみれば無理もない気がする。人員を変えて望んだ最初の挑戦だったからだ。


「今回はメンバーが入れ替わって最初のダンジョン攻略だった。キーファが奇妙な魔法ばかり使いやがるせいで、本来あるべき戦い方を忘れていたんだよ。新メンバーを入れての初戦だ! しょうがない結果だったのさ。でも俺たちゃ途中から慣れてきたじゃねえか。次は必ず、以前よりも結果が出せるはずだ」


 盗賊戦士とプリーストは、しばしの間神妙な顔で思案していたようだが、やがてうなずいた。


「そ、そうですわね。失念していましたが、キーファのおかげで色々変になっていたというのは頷けます」

「つくづく迷惑な奴っすねー、ホント」


 二人も納得したようだし、とにかく今回の件はこれで解決だろう。でも、レイアだけは不思議そうに首を傾げている。


「キーファさんって人、前にいた魔法使いだよね? そんなに変わってるんだ」

「まあな。お前は知らなくていいぜあんな奴。さて、帰るか」


 とにかくその日は、大した成果もなく帰路についた。内心一番イライラしていたのはリーダーである俺だったが、次こそは絶対に上手くやって、女メンバーにいいところを見せてやると決意していたのだ。


 だが、災難はこれで終わったわけじゃなかった。

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