第7話 犯行現場を目撃しました

 王都アルスターほどではないけど、港町だけあってグレイスは栄えている。


 市場には圧倒されるくらい沢山の魚が売りに出されていた。もちろん野菜や果実もこれでもかというほど並んでいる。人混みもハンパじゃないし、なんとなくみんな気が強そう。面倒事にはとにかく巻き込まれないようにしよう。


 市場や昼間からやっている踊り子のステージ、船の博物館などを見てまわった後、一人でのんびりと食べ歩きをする。ジャック達と一緒の時は、こんな自由に散策できる暇なかったな。


 なんてのんびりしていたら、ふと船の出港時間が近くなっていることに気づいた。とは言ってもまだ余裕だけど、あんまり急ぎたくはないので早めに戻ろうとしたところ、僕は近道があることに気づいた。


 なんだ、この路地の隙間を通っていけばすぐじゃん。とか安易な気持ちで、特に警戒心もなくその目立たない建物の間を歩き続けたところ、早速面倒な事になってしまった。


 こういう路地裏には大体悪そうな奴が一人や二人はいて——とか考えていたら、やっぱりその手の集団がいたんだ。多分十人くらいだろうか。この付近にいるならず者集団かもしれない。


 その真ん中にぽつりと白いフードを被った人が見える。どうやら奴らはあの人を囲んでいるみたいだ。


 ああいう連中がカモにしそうな、線が細く小柄な人だった。白いコートに黒いスカート、それから黒いブーツを見る限り女子っぽい。


 どうしてここ最近の僕は、仕事もしてないのに危ない場面に出くわしてしまうんだろうか。ここは町の自警団とか、アルスターから出張警備で来てる兵士とか、または地元の冒険者に任せたいところである。


 っていうかあの馬車屋のおじさん。ここは警備の人が多いから安心とか言ってのに、普通にヤバそうな連中いるじゃないか。たしかに表通りやこの近くにも兵隊さんはいたけど……。


 今助けを呼んだら、あのゴロツキっぽい奴らは速攻で襲いかかってきそうだ。様子を見つつ静かに距離を詰めてみると、でっぷりとお腹のでた巨漢が何か喋っていた。


「おやおや、いいとこのお嬢ちゃんみたいだなぁ。とりあえず金目のもん全部出しな。素直にしてれば、虐めたりはしねえからよ」

「…………」


 うわああ……やっぱりそっちかぁ。これは何とかしないといけないな。フードの人の周りにいる連中は、剣とか斧とか、槍とか普通に取り出してきた。あの人はこのままだと、殺されちゃう可能性は十分にある。


「へへ! 黙ってるなら貰ってもいいよな。同意とみなすぜ」


 巨漢の男が乱暴にフードコートの肩を掴んだところで、僕は仕方なく、大きく息を吸い込んで、


「誰かぁー! 人が襲われてますー!」と叫んだ。


 ああ……もう引き返せない。トラブルばっかりだ。


 奴らはいきなりの大声にビックリしたがすぐにこちらを睨んだ。僕はさっそく魔法の詠唱を始める。


 とは言っても、この詠唱はすぐに完了する。魔法には必ず詠唱文字を唱える必要があるが、大方誰でも唱えられるように補助的な文言が大半を占めている。研究して要点を掴めば、ほぼ無詠唱に近いくらいの速度で使えるようになる。


「何だてめえ! 弱そうなガキが! ぶっ殺すぞ!」


 奴らの中の誰かが怒鳴り、ギロリと血走った目をした連中がダッシュしてきた。その時後ろのほうで、さっきの巨漢が宙を舞っているのが見えた。


「ぎょえー!」


 え……?

 どうやらフードの人に放り投げられたらしいけど、僕の目が確かなら片手でぶん投げていたと思う。どう見ても百キロ以上は硬い基本的重量オーバーっぽい巨漢をである。


 もしかして助ける必要なかったんじゃ、とまではこの時考える余裕がなかった。奴らが五、六歩で触れ合うくらいの距離まで接近してくるタイミングを図っていたからだ。そしていよいよ錆びが見える剣や斧が間近に迫ったところで杖を向ける。


「アース・ハンド」

「はあ!? なに言ってやが——」


 僕の足場前にあった石畳が変化しながら前に進む。やがてそれは巨大な手へと変わり、ゴロツキ連中を一瞬のうちに鷲掴みにした。


「んぐぐぐぐぅうう!?」


 まとめて捕まった奴らは、作り上げた大きな手にギリギリと締められて呻くしかない。魔法が使えたり、半端なくパワフルな人は外せるだろうが、ただの荒くれならこれで大丈夫。


「こ、こんなもん。こんな……ぐああああ!」


 正直、あんまり直視したくない光景だけど、まあしょうがないよね。ちょうどその頃、背後から慌ただしく迫る足音があった。振り向くと、どうやら兵士の人達がやってきたらしい。


 荒くれっぽい人たちは完全に武装して殺気立っていたので、もはや説明不要で逮捕できる状況だった。


「貴様ら! 大人しくしろ! ってあれ?」

「な、な、なんだ!? この手は!?」


 とりあえず説明が必要だったので、僕は頭を掻きながら杖を見せる。


「突然武器を振り回して襲ってきたので、魔法で動きを止めたんです。逃げないうちに捕まえちゃって下さい」

「な、なんと! このような魔法は初めて見るが。良くやった少年! お前達、一人も逃すな!」


 ふう。とりあえず終わったみたいだけど、あのフードの人は大丈夫かな。


「あれ?」


 その時僕は呆気に取られていた。フードの人はいなくなっていて、さっきの巨漢が気絶している。こいつらの牢屋行きは確定したし、あの人も無事に終わった。


 良かった良かったと胸を撫で下ろしていると、忘れかけていた大事なことを思い出した。


「いけない! もうそろそろ出港の時間だ!」


 あんなに時間に余裕を持っていたはずなのにと悔やんだけれど、全力ダッシュの甲斐もありギリギリで船に乗ることができた。


 ああ良かった! と安心したのも束の間、後ろからつかず離れずの距離感で誰か一緒に走ってきて、この船に乗って来たんだ。


 なんかまた、変なことに巻き込まれないか心配になってきた。

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