第6話 大地を駆けろ
とうとうデビルウィザードは魔法を放った。赤々とした火球がこちらに向かってきている。遠間からの仕草とかで大体分かっていたけど、やっぱりファイアボールか。
魔法っていうのは、術者の魔力や精神力次第で威力が大きく変わってくるもので、迫ってくる勢いを見る限りわりと強い気がする。
そこまで脅威は感じないけど、きっちり防ぐに越したことはない。僕の詠唱も完了していたのですぐに右掌を向ける。
「アース・ウォール」
勢いよく火球が馬に命中する直前に、地面から巨大な壁が姿を現した。僕らよりも背が高いそれは、じゅうううう……と不吉な音を立てながらもファイアボールの進撃を止める。魔力量によって厚みを変えられるんだけど、今回の攻撃に対してはちょうど良いサイズだったと思う。
横に数歩移動し遠くを見ると、奴は二発目の魔法を放つべく詠唱を開始しているようだ。でも、その先をやらせはしない。
僕はすぐに短い詠唱を終えて、地面に向けて杖を向ける。
「アース・クロウ改」
大地に青い光が生まれ、それは闘争心に溢れた狼のように駆け出していく。あっという間に地面を突き進む衝撃波。大地を引っ掻いているような跡がつくことからついた名前らしい。当たればドカンの爆発タイプでもある。
ただ、このアース・クロウは僕が作った改良版だ。本来のものとは二つ異なる特徴がある。
一つは、オリジナル版が真っ直ぐにしかいけないことに対し、改良版は好きに軌道を変えれるため相手を追尾できるという点。もう一つは、爆発のタイミングを術者が決めることができること。
狙われたデビルウィザードは動揺したのか、すぐに走って避けようとする。
しかし衝撃波は避けようとした分だけカーブを描くように進み、数秒もしないうちに奴へと辿り着いた。僕は右掌に、魔法を爆発させるための鍵となる光を残していた。これをグッと握りしめると爆発する仕組みになっている。
間違いなくダメージを与えられると踏んだタイミングで拳を握った瞬間、ドカン! というこれまた分かりやすい爆発音が鳴り響き、木々までもが派手に吹き飛んだ。
防御力に乏しい魔物ならこの一発でカタがつく。地面に突っ伏したデビルウィザードの体からは、すぐに煙が立ち上りあっという間に消滅した。良かったー。とにかくこれで一安心だ。
「アース・リターン」
僕はすぐに壁に手を触れ、解除の魔法を使い元の地面に戻した。こうしないとずっと壁として残り続けてしまう。気にしなくていいのかもしれないけど、なんか不恰好な風景になっちゃうのが嫌だった。同じように爆発した木々にも魔法を使い、できる限り先程までの姿に戻しておく。
警備兵の人たちは戻ってきたけれど、二人ともなんか気まずそうにしてる。おじさんは目をパチパチさせながら驚いてるようだ。
「お、お兄ちゃん! すげえじゃねえか! 一人であの魔物をやっつけちまうなんて」
「あはは。まあ僕も冒険者だから、これくらいは普通です」
「いや本当に驚いたぞ。お兄ちゃんのおかげで馬も馬車も無事だったわい。そこの二人はさっさと逃げたがな」
恨めしそうにおじさんに睨みつけられ、警備兵二人は慌てて頭を下げた。
「す、すまん。流石に魔法を使う奴相手じゃ無理だと思って」
「でもここからはしっかりやるんで。あ……安心してくださいよ」
二人が恥ずかしそうにしていたので、僕は苦笑いしつつ頷いた。でも正直、最近はアルスター近辺でも強い魔物が増えてきたと思う。だから二人だけに警備を任せておくのは危ないかも。
「この先も魔物が出てくるかもしれないし、さっきより厄介な奴もきっといます。なので、もうちょっと警備を増やしますか」
馬車屋のおじさんは目を丸くしていた。
「増やすって、もしかして町に戻るのかい?」
「いえ。魔法で一体増やします」
詠唱を終えて杖の先を地面に向ける。
「アース・ゴーレム」
草が膨れ上がり続け、僕らより頭二つ分くらい大きなゴーレムが出来上がった。
「「「は、はああ!?」」」
ちょっとドン引きさせたみたい。警備兵達は二、三歩後ずさってる。正直まったく見る機会ないだろうから、こういう反応も仕方ない……かな。
ゴーレムは複数体作れるけど、そうすると魔力消費が激しくなって短時間で消滅してしまう。一体くらいなら、僕の魔力なら一日くらい持たせることができるはずだ。
「よし。じゃあ馬車の隣で歩かせるんで、行きましょう」
「おおお! なんて魔法なんだ。ゴーレムを呼び出すなんて初めて見たぞ」
馬車屋のおじさんはなんか興奮していた。便利ではあるんだけど冒険者としては、なんというか地味なわけで。だからジャックはいつも隣で、不機嫌な顔になっていたっけ。
複雑な気持ちになりつつも、あとはただ港町に着くまで読書をしたり(結局途中からは魔導書しか読まなくなっちゃった)のんびり眠ったりを繰り返していた。朝焼けが目に染みるなか目を覚ますと、遠くに沢山の人家が見えた。
とうとうグレイスの港町に到着した。警備兵の二人は幾分ホッとした顔になっている。
これでもうみんなとはお別れになるんだけど、馬車屋のおじさんは親切に港町の情報や、船に乗るために必要な手続きなどを教えてくれた。港町だけあって血の気の多い連中がいっぱいだが、警備が行き届いているしそこそこ裕福だから治安が良いんだって。
「じゃあなーにいちゃん! 機会があったら、ぜひまた乗ってくれよ」
「はい。こちらこそお世話になりました」
「にいちゃんほどの冒険者なら、きっと他の大陸でも大活躍するだろうよ。頑張れよ!」
そうかなぁと苦笑いする僕。大活躍したいのは山々ではあったけれど、みんなに嫌がられてしまったわけだし。でも、こんな風に励ましてもらえるのは久しぶりだったからやっぱり嬉しかった。みんなとお別れするのが、ちょっとだけ寂しい気持ちになる。
暖かくも短い交流が終わり、港町を歩きながら次に何をするべきかを考えていた僕は、ふと船着場に目をやった。
まずは船のチケットを購入して、それからは出港まで時間を潰すことにした。潮風の匂いが新鮮だ。ちょっとだけ気分が高揚してきたので、どうせなら港町の観光スポットを一通り回ってみようと考えたのだが、町が広すぎてとても無理みたい。
よーし、じゃあポイントを押さえて、楽しめそうな所をいくつか立ち寄ってみよう。
ささやかな感じではあったけれど、僕は旅行を楽しみ始めていた。
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