第5話 馬車で港町へ
そして次の日。
気づけばジャック達に追放されてから、一週間があっという間に過ぎ去っていた。
久しぶりに早起きに成功した僕は、軽く荷物をまとめると家を出る。一応鍵を閉めておくが、こんなボロボロのドアなどその気になったら誰でも開けられるだろう。でも盗んで得する物など何もないんだよね。
世界一身軽な男になったような気分で、足早に街道を歩くこと一時間。とある馬車屋にたどり着き、お客を待っていたおじさんにお金を渡した。
「グレイスの港までお願いします」
「おお! お兄ちゃん、港町に行こうってかい。こりゃあ一儲けできて嬉しいねえ。ところで、護衛は何人くらい欲しいんだ?」
馬車屋さんはこの大陸内なら何処にでも連れて行ってくれる。ただ、運行費だけじゃなくて、普通は警備費もかかってしまう。外の世界には魔物や魔族がいるため、護衛なしでは基本的に仕事を受けてはくれない。
こういう時、冒険者パーティだったら警備費がかからなくて助かるけど、あいにくと僕は一人。ここは雇っておくのが賢明だし、もしいらないと言ったらおじさんが怖がって仕事を受けてくれないかも。
「じゃあ、二名ほどお願いします」
「よしきた! 全部合わせて銀貨四枚もらうぜ。ちょっくら待っててくれよ」
おじさんは自分が馬なんじゃないかっていうくらいのダッシュで、あっという間に警備兵を二人連れてきたので驚いた。二人とも民間兵ではあるけど、剣や盾は鉄製だし、わりかし体が大きいから安心できそうだ。
ここ王都アルスターから港町グレイスまでは大体二日くらい。特に道中は大した魔物も出てこないような土地柄だし、のんびりと風景を楽しみながら本でも読もうと考えていたんだ。
南の島に行って、思いっきり楽しもう!
僕はすっかりマスターに乗せられてしまっていた。
◇
馬車で整備された歩道を進み、徐々に草原に入ってきたかと思うと、今度は森の中を進んでいく。
最初は楽しく読めていた旅行のパンフレットだけど、気づけばいつの間にか魔導書を読んでいる自分がいた。
これは僕の悪い癖であり、毎日魔法について研究をする時間を作らないと落ち着かないのである。何も仕事がなくなってしまった時までやらなくてもいいのに。一度染みついた癖はなかなか抜けない。
勉強する魔法はといえばやはり地属性魔法だ。適性のない魔法を覚えることは非常に困難かつ時間がかかり、普通は誰もやらない。ジャック達には「カッコ悪りぃから、他の属性魔法も覚えろ」とか言われたけど、普通そんな無茶な要求はしない。
僕が習得できた魔法はいくつかあるけれど、この魔導書にはまだまだ覚えられていないものが載っている。ちなみに魔導書には魔法組合公式と個人の物が存在するが、これはとある爺さん……まあ、一応師匠のような人がくれたものだった。
パラパラと本をめくりながら詠唱文字の解読を進める。結局読み出すと止まらなくなってしまう。そんな中、前で手綱を持っているおじさんが慌てた声を出した。
「お、おい! あそこにいやがるのは、まさかデビルウィザードじゃないか。急に茂みから出てきやがったぞ」
ああ、なんだ魔物かぁ……とか最初は思ったんだけど。赤黒いローブからは邪悪なオーラが漂っていてとにかくやる気満々な感じ。まだ小石程度の大きさに見えるくらい離れているようだ。警備兵のお兄さん二人が、慌てたように剣を抜いた。
「くそ! どうしてこんな森の中で」
「まだ距離が遠い。接近するのは危ねえ。おっちゃん! 一旦逃げようぜ」
二人はかなり引き腰だったけど、いきなり逃げることから考えると大抵はよくない結果を招く。経験として僕はそういうことには敏感だったし、嫌なことにも気づいてしまう。
魔力の光が発せられているようだ。奴の赤いローブがまるで燃えているように見える。
「もう詠唱始めてるから、逃げてる間に魔法が使われるかもよ」
「なんだって! 兄ちゃん、それはマジか」
馬車屋のおじさんはともかくとして、警備兵の二人はさっきまでの強者オーラがめっきり剥ぎ取られ、ワナワナと怯え出していた。
魔法っていうのは、一般の人には未知の領域であり、攻撃系のやつは特に怖がられる。ファイアボール一発で十人くらい焼け死ぬこともあるし、詠唱が終わる前に仕留められなかったら大抵は負けてしまう。
基本魔法っていうのは、詠唱には時間がかかるけど、発動したらとにかく速い。引き返せないし、馬車は狭い木々に挟まれている。警備兵の人達は、青い顔で馬車から飛び降りた。
「と、とにかく! 馬車は捨てるしかない」
「そうだな。こうなったら仕方ない」
おじさんは泣きそうな顔で首を横に振り、懇願するように二人を見つめている。
「そんなぁ! 何とかしてくれよ。この馬はまだ若いし、車だって無くしたらやっていけねえ」
まあ、僕自身も降りるっていう選択肢はあったけど、それは可哀想なのでやめた。
だって、おじさんも馬も焼かれちゃうのを見過ごすことはできないから。僕は現代では使われない言葉を口ずさむ。デビルウィザードは広い場所で会う分には厄介だが、ダンジョンでは何度も戦ってる。
「お、おい兄ちゃん。さっきから何喋って……ああ! き、きたぁ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます