第4話 南の島は最高?

 魔道具がその力を発揮している時は、空間に魔力が漂っている。

 大抵の冒険者はこの魔力に敏感なんだ。


 扉は一つしかないのに、なぜか魔力反応は二つ。


 僕は注意深く転移扉を観察してみる。ただの全身鏡みたいだけど……と思いながら裏側に回った時、ようやく種明かしに気がついた。


「裏にも鏡あるじゃん……」


 最後にスタートに戻す罠なのかな? そうだとしたらセコイし理不尽だよ。とりあえず僕は、裏側にあった鏡に飛び込んだ。


 また青い空間を飛ぶように進み、すぐに市場へ続く白い光が見えた。


「さあさあ! あのお兄さんはきっとすぐ戻ってきちゃうでしょうが、どれだけ頑張れ……」


 戻ってきてすぐ店員さんと目が合う。みんなにも見られているしけっこう恥ずかしい。


「ゴールしたみたいですね」

「は……はああ!? う、嘘でしょ!」


 店員さんは信じてくれなかったようだけど、周りに野次馬という証人がいたのでなんとかなった。地属性魔法っていうのは影が薄く華がないけれど、こういう用途には使えたりする魔法なのである。


 店員さんはものすっごく青ざめた顔になりつつ杖を渡してくれた。嬉しかったんだけど、歓迎されてない感がハンパじゃなくて、僕はそそくさと去って行った。


 あとは携帯食とかを買って、それから……そう!

 一番肝心な、どこに向かうかをきっちり決めないといけない。


 パンフレットを見るのもいいけど、実際に旅行した人の話とか聞けないかな。そこまで考えて、ちょうど良く情報収集ができる場所があることを思い出した。


 とりあえず酒場に行ってみよう。


 ◇


「へええ。キーファが旅行なんて、随分と珍しいこともあるもんだね」


 ここは冒険者もよく行く酒場の一つ、春の憂鬱亭。女マスターは気さくな人なので、たまに飲みにきて悩みを聞いてもらっていた。長い黒髪が似合う色っぽい人で、僕なんかよりずっと人生経験豊富である。


「自分でも変わったことしてるなって思ったんだけどね。そういえばこの大陸から出て行ったことないなって」

「良いことだよ。あたしは他所の大陸から来たけど、楽しいところはまあいっぱいあるさね。一つ、とびっきりのオススメがあるよ、知りたいかい?」

「え? オススメがあるの? 是非教えてよ!」


 これは願ってもない。マスターが知るとびっきりかぁ、きっと面白いところに違いない。


「じゃあ銅貨五枚、いただくとしようか」

「しっかりしてるなぁ、はい!」


 やっぱりそう来たか。まあ、別にお酒一杯くらいの値段だし、気にするほどじゃないか。


「お! 迷わず出すなんて、分かってるじゃないか。ふふ、じゃあ教えてあげる。あたしが一番最高だと思ったのは、ポルカ島だよ」

「ポルカ島? ああ、あの南の島」

「そう! なんたって年中常夏だからね。南国料理は最高、海では泳ぎ放題、水着美女との出会いもいっぱいだし、みんな優しくて気さくな連中ばっかりだよ。アンタを追い出すようなアホはいない」


 僕は急に言われてギクッとしてしまう。


「え? もしかして、僕が追放されたことを知ってたの?」

「まあね。アンタのことはそこら中で噂になってるよ。しかし分からないねえ。あたしの見立てでは、手放したら惜しい男に見えるんだけど」


 どうも僕という人間は評価が別れるようだ。正直ジャック達が思うほど酷いダメ人間ではないと思ってるんだけど、マスターが言うような優秀な冒険者だとも思えなかった。


 詰まるところ僕は、本当に中間くらいの冒険者なんじゃないかなって。


「マスターにそう言ってもらえると、ちょっとだけ救われるよ」

「あたしはお世辞を言ったりはしないんだよ。その杖も、よく似合ってるじゃないか」

「これは今日買ったんだ。まあ、地属性っぽいデザインだからね」

「ん? どういうことだい」


 そうか。マスターは属性の【象徴】については、あまり知らないんだった。


「誰もが例外なく持っている属性には、実はそれぞれ象徴とされる【幻獣】がいるんだよ。まあ、実際に出てくるとかじゃなくて、あくまでイメージらしいけど。火属性は不死の鳥、水属性は氷の精霊とかね。地属性は、なぜかは知らないけど黒い竜なんだ」

「へええー。トカゲみたいに地を這う竜のことかい」

「ううん。それがおかしな話ではあるけれど、黒くて翼が生えた竜なんだ」


 マスターは僕の説明を聞いて、ちょっとだけ首を傾げて笑った。


「おかしな話だねえ。大地の象徴が、空を飛べるはずの竜だなんてさ」

「うん。まあ、古代の人が考えたことだし、理由は解明されてないんだけど」

「属性は置いておいて、杖自体は似合ってるよ。話を戻すけどさ、アンタだったら、ポルカ島に行ったらモテる」

「またまたー。煽ててるんじゃないの?」

「いいや! 顔だって悪くないんだ。きっと人生変わるね。あたしも二年くらい住んでいたけれど、きっとあそこ以上に楽しい世界はない。断言できるよ」

「そ、そんなに?」


 聞くほどに高まってくる期待感。頭の中はいつの間にか、南の島ばかり浮かんでくるようになった。是非とも行ってみたい。僕の旅行の目的地は決まった。

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