第3話 とりあえず旅の準備

 朝になり、僕は意外にもすっきりとした目覚め方をした。さて、そろそろ町に出ようかな。


 旅行をするにあたり必要なのは、当たり前だけど行く場所を決めて準備をすることだよね。


 普段は冒険者の仕事で数日くらい家を空けることはあったけど、今回は大陸から出ていくつもりだった。最低でも何ヶ月かは外泊することになるはず。


 行く場所はまだ決まってないけど、取り敢えずの準備だけでもしよう。


 というわけで僕はアルスターの商店街にある道具屋にやってきた。大きな道具袋は持っていたのだけど、今回は移動が楽になるように工夫したかったので、ちょっとお値段高めのかつぐ用バッグを購入した。


 銅貨三十枚も使っちゃったけれど、こういうところでケチっちゃうと後々しんどくなる気がしたから後悔はしていない。


「毎度あり! おまけでなんかサービスするけど、この中から欲しいものがあったら教えてくんな」

「え! いいの。じゃあ、これとか欲しいかも」


 ラッキー。店員さんのサービスにより、カウンター前に飾られていた旅行用のパンフレットが手に入った。


 わりかし薄いページ数ではあるけれど、さまざまな観光地や、聞くだけでお腹が鳴ってしまいそうな豪勢な料理の数々が書かれている。エメラルドグリーンの海、光のオーロラが見えるという北の大地、芸術品が世界中から集められていると言われる水の都。軽く読んでいるだけで胸が高鳴ってくる。


 そうそう。実は僕はこの時まで、まだ一度もこのレーベル大陸から出たことはなかったんだ。広い大陸だし、魔法学園だって存在してるくらい栄えている所だったから、特に出ていこうと思ったことはなかったんだよ。


 学園の卒業生たちは他大陸に出て行った人も多い。あいつら今頃どうしてんのかな。ちょっとだけ物思いにひたりつつ、道具屋を出た僕は次の買い物を考えていた。とはいっても日用品とか、大体そういうものしか買う物はない……はずだったのだけど。


 ふと見ると、どういうわけか大きな人集りができている。


「さあーて。さっきのお兄さんはいつ頃帰ってきますかねえ。もうすぐ十分、けっこう頑張ってますよ」


 店員と思われるおじさんの近くに、一本の杖が飾られていた。

 その先端のデザインは口を開いた竜という感じで、中にとっても大きな赤い魔石が埋め込まれている。かなり高価な杖に違いない。下手をすると金貨一枚くらいはするかも。


 でも杖には値札みたいなものはなかった。更にいうと杖が飾られている小屋の両端に、モヤモヤと光る全身鏡が一枚ずつ置かれている。


 この全身鏡には見覚えがあった。転移の扉っていう魔道具で、鏡に入れば何処かにワープするような仕組みになっている。


「うひえー!」


 悲鳴と共に一人の男が、右側の鏡から出てきて地面にへたり込んだ。


「いやー残念ですねえ。でも十分もかかっていたということは、そこそこ地下まで進めたのではないですか?」

「ま、まあな。ふん! 俺はこんな杖別にいらなかったんだよ。あばよ!」

「お疲れ様でしたー。さて、続いて地下迷宮アトラクションにチャレンジされる人はいませんか? もし最下層までいければ、この竜魔の杖を銅貨十枚で差し上げますよ。さあ、さあさあ!」


 え!? 銅貨十枚で? パン十枚程度の値段だけど大丈夫?


 僕は欲しいという気持ちが顔に出ていたのだろう。他に志望者が現れないことに痺れを切らしていた鋭い眼光が、こちらに気づいて手を振ってくる。


「そこのお兄さん! どうですか」


 みんなの視線が集中したのでドギマギしてしまう。とりあえず言われるがままに小さなステージへ行ってみた。近くで見るとこの杖はやはり素晴らしく、確実に僕が使っている物よりグレードが高い。


「よく分からないんですが、何をすればいいんですか?」

「実はですねえ。この右側の転移扉【スタート】からワープすると、私達がアルスターの地下に用意したアトラクション迷宮に移動します! 最下層には左側の転移扉【ゴール】に繋がるものがありますから、そこに入ればあなたの勝ち! ここにある超高価な魔石が入った杖をGETできるんですっ!」

「は、はあ……」


 やけにテンションが高い店員さんにちょっとだけ引いてしまう。まあ、このくらい元気じゃないと厳しいお仕事なのかな。


「ですが、地下迷宮には様々な罠がございます。入り組んだ通路、くるくると回転する橋、そしてありとあらゆる所に設置された【スタート】に戻る扉……スタートから戻ってきたら最後、チャレンジは失敗となります。ああそれから! 決して大怪我をする心配などございませんので、そこはご安心ください」


 なるほどー。つまり、右側にある転移扉を通って、地下アトラクション迷宮って所にワープし、最下層にある転移扉を通って戻ってくれば杖が貰えると。


 ただ、いろんな仕掛けがある上に、そこら中に転移扉【スタート】に戻される扉はあるので、さっきのお兄さんみたいになっちゃう人がいるわけか。


「ゴールは地下なんですよね? 何階ですか」

「地下十階でございます。けっこう長いんですがご心配なく! ワンフロア辺り三分くらいで抜けれます」

「そうなんですね。意外といけそう」

「一日帰れなかった人もいますけどね……」

「え!?」

「いえ、何でもありません。さあどうしますか? こんなチャンスは二度とありませんよ。金貨五枚はくだらないと言われるほどの杖です。やりますか、やりませんか……どっち!?」


 まあ物は試しってことで、やってみようかな。


「やります」

「オッケー! では早速行きましょう」

「ちなみに、魔法を使うのはありですか?」

「え? あなた魔法使いですか? まあ問題ありませんけど、アトラクションの施設を壊してしまったのがバレたら、後々請求させていただく事になりますよ。それはもう、金貨が何枚もすっ飛ぶかもしれません」

「それは怖い。じゃあとりあえず行ってきます」

「おお! 何とも勇ましい! ではお気をつけて。レッツゴー!!」


 僕はお兄さんに説明された通り、右側の転移扉にジャンプするように入ってみる。すると一気に青く歪んだ空間に出て、数秒もしないうちに白い光の中に突入した。


 気がついた時には、いかにも洞窟の中って感じのフロアで立ち尽くしていた。でも、親切に進む方向を教えてくれる立札や矢印がある。


 よく見ると遠くに回転する丸太みたいな通路が見える。その奥には網で作られた変な足場も……。近づいて丸太通路の下を見ると、一面に転移扉が設置されていた。否応なしに落ちた瞬間に戻されちゃうわけだ。


 凄い……これだけの大掛かりな魔道具を作るなんて。一体どのくらいお金がかかったんだろ。僕は感心こそしたが、正面からクリアする自信はなかったので、近道を模索してみた。


「アース・ホール」


 軽めの詠唱を終えて、下の階に続く穴を作った僕は、罠がないかを確認してから降りる。


「アース・リターン」


 上に杖を向けて唱えると、天井に空いていた穴が幻みたいに消える。これは巻き戻しの魔法とも呼ばれていて、要するに地面を以前の状態に戻したりできるんだ。


 よし。とりあえず……これでいけそう。アース・ホールとリターンを繰り返し続け、僕はとうとう最下層の地下十階にたどり着いた。丸い小さな部屋に、ゴールへと続く転移の扉が置かれている。


 いやー、良かった。何事もなくクリアでき——


「あれ? 何で魔力反応が二つあるんだ?」

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