第2話 ジャックと光の魔法使い

 俺の名はジャック。

 今アルスターで最も勢いのあるSランクパーティのリーダー。そして人は俺を風の剣士と呼ぶ。


 ここまで成り上がるのは決して楽な道じゃなかったが、まあ努力の賜物ってやつさ。そしてこのSランクパーティは、さらに大きく飛躍しようとしている。あのパッとしない役立たず、キーファを追放することに成功したからだ。


 ククク! あの情けない後ろ姿、哀愁が漂ってていいじゃねえかよ。奴が酒場のドアから出て行くまで、俺はずっと視線を外さなかった。


「さーて。ジャック、そろそろ紹介していただけません? 新しい魔法使いはもう決まってるのでしょう」


 隣で上機嫌にワインを飲んでいたアナが、チラリと横目でこちらに視線を送る。


「ん。ああ、そうなんだけどな。今ちょっと返答待ちで、」


 その時だった。先程キーファが去っていった扉が開き、一人の男が入ってきた。背が高く肉と皮だけなんじゃねえのって思うくらい痩せている。黒髪を肩まで伸ばして、無精髭を伸ばしたそいつは、いつも絶えずなにかを怖がっているみたいに落ち着きがない。


 まったく。これで普段は魔物と戦えるから不思議だぜ。どう見てもチキン野郎なのによ。俺のパーティで働く盗賊戦士ガリスは、ようやく俺たちを見つけて安心した顔になった。


「ジャックの旦那! あの魔法使いと連絡が取れました。っていうか、今はすぐ隣のカフェにいますぜ」

「本当か! 良くやったぜ。流石お前は交渉も一流だな。早速だが挨拶をしてくる」


 こいつにはとある魔法使いの勧誘を頼んでいたが、思いのほか早く誘いに乗ってくれたらしい。最高のタイミングだと気分も高まり席を立ったところで、アナが俺に続こうと椅子を引いた。


「待て、お前はここで飲んでろよ」

「なぜです? 私もご挨拶するべきでしょう。最初が肝心ですし、それなりの歓迎をするつもりですが。最も、少しでも無礼があったなら、少々手荒な歓迎になるかもしれませんがね」

「い、いやいや! まだ加入するかは確定してないからよ。ここで楽しく飲んで待っててくれや」


 こいつはとにかく性格がキツいというか、聖職者とは思えないほど口が悪い。まかり間違って喧嘩になったら困る。


 俺は先程とは打って変わって真顔になり、ゆったりとした足取りで酒場の扉から出た。アナは何か変だとは思ったものの、さして気には止めないはずだ。


 外に出てガリスとアナから見えない所までやってくると、俺はもう気持ちを抑えられなくなった。堪らず小走りになってカフェへと向かう。


 やべえやべえやべえ! とうとうこの時が来たぜ。


 本当ならキーファの奴はもう少しは使ってやるつもりでいた。だが恐らくは今のタイミングでしか仲間にできそうにない、色々な意味で素晴らしい魔法使いを勧誘するチャンスができたことで、計画を早める必要ができた。


 だが、一般的な冒険者ギルドにはほとんど足を運ばない特殊なタイプだったので、顔が広いガリスに頼んで連絡を取り合ったんだ。カフェまで来て、俺はさっきまでと同じように落ち着いた姿に戻し、できる限り優雅な空気を纏いつつ扉を開いた。


 落ち着いた木製の部屋に、扉についていた鈴の音が鳴り響き、奥の窓際席に座っていた少女が立ち上がって手を振った。ふん、まるで子犬のようだな。


 こう言うのは最初が大事だ。俺は軽く右手を上げただけで返事を済ませ、店員に説明をしてから彼女の席へと向かう。すぐそこまで来て、これはかなりの美少女だなと確信を持った。


 紫色の艶っぽい髪を肩近くまで伸ばしていて、黒のニットに黒のミニスカートにニーソックスを履いていた。なんてことだ、俺の好みに完全に一致している。


「ジャックさんですよねっ。初めまして!」

「ああ。君があのレイアか。確か、なんだったかなぁ」


 もう彼女のプロフィールについては調べ尽くしているが、俺は敢えて知らない程で席につく。彼女もまた椅子に腰掛け、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめながら上目遣いになる。


「あ、あの……自分で言うのもなんですけどぉ。アイドル魔法使いって言われてます」


 た、堪らん。これはもう採用決定でいいんじゃないかと思いつつ、なんとか心を落ち着けることにした。焦るな俺、いくらなんでも出会って秒で決定してしまっては軽いリーダーだと思われてしまう。それでは今後の冒険者ライフを本当の意味で楽しむことはできまい。


「ああ、そうそう! 思い出した。そうだったな。しかし、アイドル魔法使いなんて、面白い異名を考えた奴がいるもんだな」

「えへへ! よく演劇に出演させていただいてるんですけど、私が本当は魔法使いなんですって答えたら、なんかすっごく広まっちゃって」


 ここ王都アルスターはあらゆる文化が発展していて、特に目立ったものとして演劇活動がある。彼女は演劇界に彗星のように現れた。十七歳という年齢にして、既にトップ女優としての地位を確立しつつあったらしい。


 しかし、実は本業である魔法使いに専念したいということで、しばらく休止することが所属劇団から発表されたのである。


「でもでもー。さっきジャックさんに会って……私の判断は間違ってなかったんだーって思っちゃいました。だってジャックさんってすっごくカッコいいし、剣の扱いとかも上手そう!」

「ふふふ。まあ、これでも血の滲むような努力をしているからな」

「すごーい。どんなことされてるんですか?」


 目をキラキラと輝かせながら聞いてくるので、俺はいつになく饒舌に説明した。剣技や使える魔法のこと、パーティメンバーの話や、今までこなしてきた仕事の数々。特にダンジョンでの冒険については語ることが山ほどあったので、気がつけば一時間ほど喋っていたと思う。


「素敵……私ジャックさんのこと尊敬しちゃいます!」

「レイアも最初は大変かもしれないが、じきに活躍できるようになるだろう」

「え! ……ってことは、パーティ加入を認めてくれるんですか」

「やる気があるのなら、最初は半人前でも構わないさ」

「やったぁ! 嬉しいですー! ありがとうございます」


 レイアは満面の笑みを浮かべながら、両手を頬に当てていた。俺は微笑を持って答える。その後は他の予定が入っているとかで、残念ながらお別れになったのだが、去り際に見えたあの大きな谷間……いや爽やかな姿を忘れることはないだろう。


 ちなみに彼女は光属性の魔法使いなのだという。キーファの地属性なんてしょぼい魔法とは違い、派手かつ素晴らしい活躍をしてくれるに違いない。


 く、くくく! やった! やったぜえええええ!

 心の中で人知れず俺は喜びの舞を踊っていた。


 彼女を仲間にしたことで、俺たちのパーティはすぐに成り上がっていくだろう。そしてそして、ほとんどハーレム状態一歩手前なわけで、お楽しみも増えるに違いない。希望は膨れ上がる一方だった。

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