第4話 少女の〈声〉
今、あの子は何て言った……?
自分の聴覚が正確であれば、「自分の声が聞こえるのか?」と問うたはず。
それは、あれだろうか。こんな人里離れた山々に閉塞された僻地であっても、声が聞こえたのかという意味だろうか。少し不自然な問いのような気もするが。
「えっ……? いや、その……、普通に聞こえましたけど……」
ずっとヘッドホンを付けていたせいで、遂に耳がおかしくなってしまったのかもしれない。とりあえず、聞き返すのも何だか気が引けたので、自分の聴覚をひとまず信じて訥々とそう答えた。
俺の答えが悪かったのか、それとも良かったのか。
少女はその返答を聞いて決壊したかのように大粒の涙を流し、その場に蹲って声をあげて泣いた。まるで幼女のように。
俺はあからさまに狼狽し立ち往生してしまう。
少女の愛犬は心配そうに彼女の元へ駆け寄り、「くーん……」と弱々しい案じの鳴き声をあげていた。
このまま俺が立ち去るのも変だし、かといってむやみに彼女に近づいて余計気分を害することをしてしまっては尚更居心地が悪い。
どうしたものかと頭を悩ませていると、彼女がくぐもった声で放った言葉にはっとした。
「良かった……! やっと会えた……」
その言葉から、彼女が俺という人間に会えたことを心から喜んでいる事が分かった。どういう理由で喜んでいるのかは分からないが、とりあえず俺の言動で負の感情を抱いていないことは事実。
むせび泣く彼女に俺はそっと近づき、躊躇いつつも彼女の小さな背を撫でてやった。そんな俺の手を払うことなく、少女は溢れんばかりの涙を暫く流し続けていた。
*****
陽が沈み、宵闇の帳が空に降ろされた頃、俺は落ち着いた少女に連れられて屋内のリビングに通してもらった。
周囲が自然豊かな山間の地だとは思わせない程、都会の一軒家住宅と遜色ない家内にこれまた目を見開いた。あと女の子の家に上がらせてもらうという経験は初めてで、凄く緊張して足が震えた。
「さっきはすみませんでした。突然泣いたりしてしまって……」
「いや、こっちが急に押しかけたりしたんだから貴方に非はないです。むしろ、俺の方こそ申し訳なかったというか……」
お互い気恥ずかし気に言葉を交えながら、ダイニングテーブルを挟んで椅子に座った。淹れてくれた紅茶の美味さに、俺は内心驚かせられる。
「そういえばまだ名前言ってませんでしたね。私は
「
「私も音葉で構いませんし、どうぞ敬語はお使いにならないでください。同じ年頃の方に畏まられるのも変な気がするので……。ちなみに、おいくつか聞いてもいいですか?」
「じゃあ、早速……。十六だよ」
「惜しい! 私はその一つ下です。あっ、すみません! 私は中々敬語が抜けないもので……」
先ほどの儚げな面持ちとは打って変わって、音葉はようやく明るい表情を見せた。
年相応の幼さの残るはにかみと、どこか大人っぽく感じる柔和な微笑。余りにも綺麗だったから、俺の心臓はどくんと小さな鼓動を鳴らす。
そして暫く談笑に耽った後、俺は居住まいを正してさっきから気になっていた事を話題に繰り出した。
「さっき、なんで自分の声が聞こえたのかって俺に聞いたよな? あれ、どういう意味なんだ?」
俺が真剣な顔色で少し声を低くして問うと、音葉もまた表情を曇らせて悲哀の色を帯びた。
「ああ……。それは、信じてもらえないかもしれない話なんですけど……」
そう言って、音葉は一度言葉を噤んだ。何か言おうとしても、抵抗を覚えてまた閉口する。
「大丈夫。俺は信じるよ」
何を根拠に、なんて言い返されそうな言葉だったが、それでも俺は聞きたくて、強く、それでいて彼女に寄り添う気持ちを抱いてそう告げた。
俺の本心と嘘偽りない瞳を見てくれた音葉は、意を決して頷き答える。
「冗談だと思われるかもしれないのですが……、今こうして普通に話している私の肉声は、本来人には聞こえない声なんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます