藪から棒、竹林から寅

 未確認生物UMA雪男に酷似した魔性。

 格は他の化生モンスター型と同じ、TからZの間――ではないらしい。


 背中に氷山の一角でも背負ったかのような氷の塊。

 自らの腕に息を吐き付けて手刀を氷の刃に変える、他では見ない戦い方。

 自らの魔力の属性、使い方を人並みに理解し、存分に発揮出来る特異個体。想定以上の規格外。化生モンスター最高格、Zを超えたS級1位か。もしかしたら、2位にまで言っているかもしれない。


「“新天しんてん高禍祓たかまがはら”!!!」


 シルヴェストール――シルヴィの剣と、氷刀が衝突。氷塵を撒き散らす両者の力は拮抗し、互いに譲る事はない。

 相手の力を利用する剣技までは習得していない様だが、かなり賢い個体と見た。戦いが長引けば、いずれシルヴィの剣さえ盗んでしまうかもしれない。その事態は避けなければ。


つわものれ、白光」


 十一面観音エーカダシャムカ抜棍ばっこん


 病死、溺死、焼死から護られ、凶器による外傷を受けず、毒、病の類で重症とならず、怨敵との戦いにおいては常勝。金銭、食物による心配から逃れられる。

 一切の如来に受け入れられ、与えられる恩恵と加護。本当に全て受けられるのなら、誰もが同じ九字を描き、祈りを捧げた事だろう。


 生憎と、そんな都合の良い加護も守護もない。

 せめて、そんな世界を齎すための一助となればなどと、祈ってやる心も持っていない。

 巡り巡って、廻り廻って、自分が戦う事でそんな世界へと近付けているのなら、金刀比羅ことひら虎徹こてつが作られた意味も出来るのだろう。


 それで自分が楽になる訳でもないし、楽になる事を求める心さえ、失ってしまったが。


頂上ちょうじょう化仏けぶつ


 伸びに伸びた鉄棒がなったのは、11節にも分かれる多節棍。

 三節棍でも、扱いの難しさから使い手を選ぶと言うのに、3倍以上の関節を持つ多節棍など誰も使いやしないだろう。

 だが、虎徹は使う。使うどころか、使いこなす。


 両手に握った棍を回し、遠心力を利用して速度を増しながら回転。空を切る。

 シルヴィの弾いた雪男の腕を駆け上がり、肩まで達して跳躍。棍の先端を握り、振り被って繰り出した一撃にて側頭部を穿つ。

 耳障りな悲鳴を上げる口を封じようと下顎を打ち上げ、強く噛み締めさせる事で奥歯を砕いたが、未だ、祓うには至らない。

 中枢となる核は、体の中。


「止むを得まい。シルヴィ、10秒稼げ」

「10秒と言わず、幾らでも稼ぎます! っていうか、何なら私が留めまで――」

「意地を張るなら、社を完全に攻略してからにして貰おう。甲冑を新調したとて、今のおまえでは確実性に欠ける」

「し、失礼致しました……」


 若干涙目にさせた様だが、どうでもいい。

 戦いに勝つ。それが金刀比羅虎徹という陰陽師に、課せられた役目。


真言オン大悲なる御方よマカ・キャロニキャ――ソワカ」


 シルヴィと交戦中。背後から首を締め上げ、叩き付ける。

 氷壁に叩き付けられた雪男の巨体は雪崩れに攫われ、もがき続ける体が滑り落ちていく。爪を突き立てても山肌に触れる事は出来ず、形無き雪の塊を掴むに終わる。

 巨体は面白い様に滑り、文字通り滑落。

 死亡率40パーセントを誇るキラーマウンテン。異名の由来の一つだろう底の見えぬ谷の底の底まで落ちそうになって、辛うじて、岩壁に爪を突き立てて停止した。


「無様だな。そして、おまえに慈悲はない」


 見上げた眉間が陥没するほど、深い衝撃が響く。

 目玉は飛び出て、切れた額からは血と共に脳漿が噴き出した。

 頭の先から全身へと綻びが見え始め、力の浸透した先から崩れて消える。辛うじて堪えていた魔性の体はバラバラに崩れ、誰も返さぬ谷の底へと落ちて行った。


 肝心の部分は札の中。

 魔性は無事に祓われた。


 が、同時に感じられた何かしらの気配。

 人ではない。魔性でもない。だが、何かしらの気配を感じる。

 場所は――


「誰だ」


 いや、誰であろうと関係ない。

 相手は、シルヴィと交戦している。

 明らかに敵だ。敵である以上、倒さねばならない。勝たねばならない。そのために、金刀比羅虎徹は作られたのだから。


  #  #  #  #  #


「あなたは誰ですか!」

「誰でも良くない? この状況で、私が誰とか。あなたが誰とか。重要なのはただ一つ。私達が敵同士だって事だけさ」

「あなた……ムカつきますね。そういう用件人間は、虎徹だけで充分です!」


 剣だけではない。両翼さえも刃。

 背中の両翼を羽ばたかせるだけで生まれる風さえ刃。

 故に、武装ぶそう六天ろくてんが一つ。天之型てんのかた


「“天上てんじょう”!!! “天下てんげ”!!!」


 斬り上げからの斬り落とし。

 叩き付けられる剣の重みに振り回されながらも、敵はそれらを受け切った。

 翼が生み出す風により両腕を斬られても、武器を握る力に変わりはない。それよりもシルヴィが気になったのは、敵が振る得物の特異な形状だった。


 得物は剣だ。

 だがまるで、芯となる刀身から新たな刃が生えたかのように長さも大きさも異なる刃が至る所に付いており、真っ直ぐ斬り裂く事が出来ない。

 得物同士ぶつかる度、刃の何処かが剣に引っ掛かるから上手く距離を取れない。

 それで接近戦を望んでいるのかと思えば、相手はただ力押しして来るだけでそうでもない様子が見られる。


 蜂の針やアカエイの針に通じる、刺した時に抜けぬための反り返りかと思わされたが、刺突武器ではないので、そのためではない事は明白。

 ならば得物が示す、敵の意図は。


「“佐天さてん!!! 佑天うてん”!!!」


 わずかながら、力で押せる。

 剣の軌道をズラし、あちこちへ体を揺らして動かして作った隙の中に飛び込んだシルヴィの翼が縮んだ時、敵は今まで見せなかった速度で立て直し、作られたように見せかけていた隙をすぐさまに埋めて、シルヴィを仕留めんと剣を振り被った。


 罠だと気付いた時には、もう遅い。


「“寅之乙とらのきのと寅剣寅疾いんけんいんしつ”――!!!」

「――闘え、白光」


 シルヴィを蹴飛ばし、無理矢理入った虎徹の鉄棒が大剣に変形。

 中間に柄があり左右に刃を持つ独特の形状は、回転させればさせるほど威力を発揮するが、回転させずとも剣を止めるには充分なほど重い。

 至る部分に刃を携えた枝のような異形の隙間を掻い潜り、突き出した剣を回して手から奪い取ると、完全にがら空きとなった腹部へと渾身の蹴りが入った。


「がっ、ん! うぅん!!!」


 岩壁に落としたつもりが、ギリギリのところで踏ん張られた。

 だからという訳ではないが、奪い取った得物は敢えて雪崩が起きる方に捨ててやる。雪に沈んでいく得物を探そうものなら、雪崩に巻き込まれて死んでいく事は、言うまでもない。


「アハハ! おまえが白虎か! 会いたかったぞ!」

「その声。蹴った感触でもしやと思ったが、女か。よくもまぁ雪山で腹など出せるものだ」

「オシャレは根性だ!」


 遠回しに自分の事まで言われたのではと落ち込んだシルヴィだったが、落ち込んでいる場合などではなかった。

 ノースリーブにホットパンツ。前までガッツリ開けて腹を出した露出女子の剣に、危うく殺されかけたのだから。


 人の実力は見た目通りではないとはいえ、防具の1つも付けていないどころか、とても戦う装いとは言えない格好ではない少女に敗北し欠けた事の方がずっとショックだった。


「死に様を飾りたいのは女術師の常か?」

「さ、さぁ、人それぞれかと。少なくとも私は、根性でオシャレする気はないですね」

「は! 負け惜しみか?! とらに今殺されそうだったものな! 殺されそうだったものな!」

「2回言う必要性はあったのか」

「大事な事だからな!」


 確かに、大事な事だった。

 虎徹はさておくとして、シルヴィにとっては。


「虎徹さん、その方私にやらせて貰えません?」

「ダメだ」

「いえ、ここは私がやらせて――」


 前に出ようとするので首根っこを掴まえる。

 襟がなかったのでそうしたのだが、当然のようにシルヴィはもがいて、息が出来ないと首を掴まえる手を何度もタップした。

 手を離すとその場で尻餅をついて、喉の奥で唾液が詰まったような咳をする。


「何をするんですか!」

「頭に血が上った状態で対敵するな。普段出来る事さえ出来なくなる。勝てる勝負も勝てなくなる。当作戦の元々の目的は、現時点での俺達の実力を検証する事だ。本来の実力を発揮せずして死ぬことは許されない」


 また遠回しに言われる。

 だが今度は、本来の力さえ出されば勝てるだろうと認めて貰えているようで、慣れない相手に言われているから妙に気恥ずかしく感じられた。


「何処の誰だか知らないが、デウス・Xエクス・マキナを相手にしている事、知らない訳ではないだろう。名乗らずして死ぬか名乗って死ぬか――どちらでも好きにしろ。どちらにしても、結果は同じだ」

「魔性崇拝教団アリスが十二獣士! 寅の戦士、ドラとら! 陰陽師十二天将、白虎にいざ! 決闘を申し込む!」

「魔性崇拝教団……」

「決闘に、なればいいな」


 虎と寅。

 両者の死亡する確率は果たして、40パーセントか否か――実証。


  *  *  *  *  *


 緊急のお知らせ。


 こんにちは、作者の七四六明です。

 この度は当作品をここまでご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。


 藪から棒ではありますが、作品に対する読者の反応と自身の手応えから、当作品は今回のお話で打ち切りとさせて頂く運びとなりました。

 誠に勝手ながら、自身の状況も加味しての判断であります事を察して頂ければ幸いです。


 改めまして、ここまでのご拝読、誠にありがとうございました。

 また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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デウス・X・マキナ 七四六明 @mumei

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