謎との対決、謎との遭遇または邂逅

 顎が外れそうなほど大きく口を上げ、舌を突き出す。

 舌の真ん中でギョロリと回る目玉の先から赤い壊光線が放たれて、高々と水飛沫を上げた。


 が、光線の上げた水飛沫諸共、シルヴェストール――シルヴィの剣が縦に両断。横に薙いだ剣閃が走り、魔性男を跳び上がらせる。


 空中に上がった男へと飛ぶ剣閃と、男の放つ光線がぶつかる。

 だが均衡したのは一瞬で、光線を両断しながら迫り来る斬撃が、ギリギリ回避し損ねた男の舌先を斬り付けた。


「痛ぇ、痛ぇ、痛ぇな畜生。誰だこいつを雑魚とか言いやがった奴ぁ」

「あなたです!」


 “継之型つぎのかた上段じょうだん春一番はるいちばん”。


 空中の男目掛けて跳び上がった跳躍力のまま、繰り出される膝蹴りが男の腹に入る。

 胃から込み上げる物を吐き出す顔の鼻頭を押さえるように顔を鷲掴み、宙を蹴ったシルヴィの武装が一気に段階を上げて死之型しのかたへと移行。

 男を掴む左手に、渾身の祓力ふりょくを籠めて、討つ。


「“死之型・死四季しししき群青之春ぐんじょうのはる卯月之薫風うづきのかぜ”――!!!」


 力が爆ぜる。

 暴風と化した力が地面に叩き付けられた男の体を掻き回し、全身を見えない針で刺すような激痛が男から悲鳴さえも奪う。

 未だ目蓋を開かずにいた全身の目が潰され、体に仕込まれていた全ての術式が潰された。


 振り下ろされた剣が体に突き立てられるより前に転げて躱し、起立。

 全身の眼から流れる血が服に染みて、吸い切れなかった分が漏れ滴る。


 ほんの数分前まで意気揚々としていたのが嘘のように、虫の息にまで追い込まれた男には、最初には余るほどあった余裕が全く残されていなかった。


「化け物が……」

「化け物? 私程度が化け物なら、隣に立つ彼や他は何と呼ぶのです? 彼らに対する冒涜ですね。失礼、ですよ」

「ふざけやがって――!」


 繰り出した両手の平の中央で、血眼が開く。

 先より更に赤い破壊光線が集束し、発射。回避したシルヴィの背後にあった瀑布を切り裂き、2つに隔たれた滝が爆散。夏の通り雨を思わせる激しい水飛沫が降り注ぐ。


「将軍に護られてるだけの雑魚が! 大人しく喰われて死にやがれ!」

「申し訳ありませんが、遠慮します」

「遠慮してんじゃねぇ!」


 両腕の目から放たれる光線が、1つから5つに分岐。

 螺旋を描いた5本の光線が様々な方向へと解き放たれ、網目を描くように逃走経路を奪いながら細かい軌道を描いて攻め立てる。


 が、シルヴィは水上を滑走。

 細かく描かれた光線の軌跡を掻い潜りながら、力を蓄積させながら走り抜ける。

 両手に顕現した二叉槍バイデントで水を掻き分けながら、白波を立てて走るシルヴィの両手に、眩い真白で輝ける極光が輝いた。


「“死四季・白雪之秋はくせつのあき修羅奪命しゅらだつめい”!!!」


 複数の光線が重なった瞬間に2本の二叉槍バイデントを振り上げ、水を巻き上げながら斬撃が昇る。

 肥大化した斬撃は分岐する光線を全て吞み込み、目の付いた両腕さえも奪い取った。


 男の、情けなくもドスの聞いた叫び声が響く。

 響いて来た声は反響し、虎徹の鋭敏な聴覚にさえ届いて、勝敗が喫した事を知らせた。


「勝ったな。相手は……人間か」

「人間? 人間が魔力を持っていると?」

「声を聞いただけだ。魔性が真似ている可能性も大いにあるが、シルヴィが戦った以上、敵である事には違いない」

「向かいますか」

「いや。どうやら、こちらにも何か来たようだ」

「あら、バレているの? 唐突に出て来て驚かせようと思ったのに」


 そう笑う声は、少なくともパスカルら2人の不意は突いて驚かせた。

 もしも虎徹が気付いていなければ、探知術式を持つ陰陽師は殺されていただろう位置。陰陽師、鹿島かしまライラは、自分が今命拾いした事を悟り、その場からすぐさま脱した。


「そう警戒しなくてもいいのに。彼が気付いた今、もう殺しはしないのだから。まぁ、今のところは、だけどね? ウフ、フフフ」


 声音。心音。体の稼働音。

 虎徹が相手から拾える情報は、せいぜいその程度だ。

 その程度ながら、虎徹は人知れず驚いていた。そして今ここに、シルヴィがいない事を惜しくさえ思った。

 彼女ならば何と言っただろうか。

 。そう言ったのなら、確信もあったのだが。


「でもよく気付いたわね、仮面の人。見たところ目も鼻も利かないみたいだし、音もそれほど立ててなかったと思うのだけれど」

「殺してやろうかやるまいか、そんな愉快犯じみた気を感じられた。気配を隠すのが苦手だな」

「あら、言われちゃった。そんなに下手だった? 結構上手く出来たと思っていたのだけれど……まぁ、いいわ。今回は別に殺し合いをする気はなかったから」

「シルヴィ――俺の相方はおまえの部下と思しき奴と交戦したようだが」

「あれは勝手に出て行って勝手に暴れたのよ。私は何の関係もないわ」

「要は監督不行き届きと言う訳だ。更に責任放棄とは手に負えないな。地位も格差も知らないが、おまえの言動は

「フフ、フフフフフフ! アハハハハハっ!」


 少女は笑う、回る。

 スペード、ハート、クローバー、ダイヤのデザインが刺繍されたドレスの裾を上げて、コマのようにクルクルと、踊る様に回りながら、猟奇的に笑い続ける。


 対する虎徹は切断術式を構え、既に臨戦態勢に入っていた。


 いずれにせよ、今この状況が異常である事だけは確か。

 この事態、状況をどう収集すべきか。術式を構えながら、パスカルは迷っていた。


「そんなに怯えないで? 私はあなた達に忠告しに来ただけだから」

「忠告?」

「……あなた達が進めようとしている、12体の規格外番号ナンバーズを一気に殲滅しようとしてる作戦。止めた方がいいわ」

「その情報を何処で――」


 ライラが問おうとして、パスカルが制す。

 虎徹の術式は発現直前まで力が籠められ、今にも強く立てられた2本の指が描く軌道線が、少女の首を刎ねそうになっていた。


 必死に堪える3人に対して、余裕綽々とした少女は回転を止め、後ろを向いたかと思えば、柔軟な体を曲げて後頭部を背中にくっ付ける形で笑ってみせた。


「その作戦は失敗するでしょう。失敗する可能性が大いに高い。けれど、万が一にも億が一にも兆が一にも成功してしまったら。限りなく低い可能性を引き当てて成功してしまったら……どうなるのか想像は出来ていて?」

「貴様には想像が出来ているとでも?」

「想像じゃないわ。絶対にそうなるという確信がある。あなた達がしようとしている事で、一体何が起こるのか。絶対にそうなるという自信がある」

「その根拠は」


 問いに対して、少女ではない咆哮が轟く。

 木々が揺らぎ、大地に亀裂が生じ、熱波さえ感じられる咆哮の聞こえる方角にシルヴィの存在を感じた虎徹は、同時、別の強大な存在を感知した。

 名のある魔性に関する全ての情報がインプットされている虎徹は、咆哮に混ぜられた魔力から正体を探り当てる。


。それでも尚挑むと言うのなら、命を賭して掛かる事ね」

「何者だ貴様」

「……規格外番号ナンバーズゼロ、アリス・ワンダー。あなた達が恐怖の大王と呼ぶ魔性の番にして、魔性崇拝教団アリスの神祖。以後、お見知りおきを? 可愛い人間さん」

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